平成23年司法試験論文民事訴訟の採点実感から逆算して勉強する

平成23年出題趣旨引用

出題趣旨
引用抜粋しにくいので全文引用
第3問〕

〔設問1〕

は,第1回口頭弁論期日において,Pがした「Aは,甲土地を現に所有している。」(③)という陳述につき,Cが認める旨の陳述をしたことが,権利自白に当たることを前提にして,第2回口頭弁論期日において,Cの訴訟代理人Qが,③の陳述と矛盾する陳述⑨⑩をしたことが,許されない権利自白の撤回として扱われるべきかどうかを,原告Bないしその訴訟代理人Pの立場から検討することを求める問題である。その際には,PとRの会話におけるPの最後の発言で示唆されているように,事実の自白の撤回制限効の根拠に遡って検討することが求められる。換言すれば,事実の自白の撤回制限効の根拠論が,権利自白に類推できるかどうかを検討することが,本問の題意である。
まず,事実の自白の撤回制限効の根拠であるが,少なくとも主要事実の自白には,審判排除効や証明不要効(民事訴訟法第179条)が生ずることには,見解の一致がある。この審判排除効や証明不要効が生ずることによって,自白した当事者の相手方は当該主要事実について証明を免れるという有利な地位を得ることになる。自白の撤回が許されるとすると,相手方はこの有利な地位を覆され,立証の負担を負うことになる。伝統的な見解は,以上のような観点から主要事実の自白の撤回は制限されると説いてきた。この根拠論においては,主要事実の自白の裁判所に対する効力が,撤回制限効の前提とされている。
したがって,権利自白の撤回を論ずるに際しては,Cがした権利自白に裁判所に対する何らかの効力が生ずるか,検討する必要がある。その際には,権利自白の一般論も必要であるが,所有権の所在についての自白には,権利自白の中でも特段の考慮が必要であることに言及されるべきである。つまり,所有権の所在が権利義務その他の法律関係の中でも一般人による判断が比較的容易であることだけではなく,所有権の承継に伴う問題点を考慮に入れなければならない
すなわち,特定人が特定物の所有者であることについて肯定的な判断を下すためには,本来であれば,直近の原始取得者が原始取得をするための主要事実が主張・立証された上で,その後の承継取得の主要事実が全て主張・立証される必要がある。しかし,以上のような諸事実は,立証することが困難であるだけではなく,そもそも主張することすら困難である場合がある。
そこで,実務においては,ある者が所有者であると主張する当事者は,両当事者の間で争いのない現在又は過去の所有者を起点として,必要があればその者以降の承継取得の主要事実を主張すれば足りる,という扱いがされているのである。したがって,この実務の扱いにおける「起点として」とは,裁判所に対するどのような効力を意味しており,そして,そのような効力が,権利自白には原則として効力が認められないという一般論(法的な判断・評価は裁判所の専権であることを根拠として,伝統的にはこのように解されてきた。)との関係で,いかに正当化されるかが検討されなければならない。さらに,裁判所に対する効力が正当化されるとしても,事実の自白にはない権利自白に固有の性質から,撤回制限効を認めないという議論が成り立つかどうかも検討されなければならない
これに対して,(主要)事実の自白について認められている撤回が許容される例外的な事由が,本問の事例において認めれるかどうかは,Cのした権利自白に撤回制限効が肯定されて初めて問題になるものであるから,これらの事由の有無を検討することには,題意においては副次的な位置付けしかない
また,本問は「被告側の権利自白の撤回は許されない」という方向からの検討を求めるものであるから,党派的な議論が求められる。もっとも,ここで求められる党派的な議論とは,一面的にBないしPに有利な議論をすることではなく,相手方からの反論を想定し,それに対する批判的な検討を試みることである。

〔設問2〕

は,訴訟1におけるBの当事者適格が認められない可能性があることを前提に,Fが訴訟1に当事者として参加する方法として,いわゆる権利主張参加(民事訴訟法第47条第1項後段)と共同訴訟参加(民事訴訟法第52条)のそれぞれについて,その許否を検討することを求める問題である。
まず,その前提として,訴訟1における原告Bは,Aに対する貸金債権に基づき代位債権者としてAに代位している法定の訴訟担当者であり,訴訟1の訴訟物は,AのCに対する甲土地の所有権に基づく甲土地の移転登記請求権であることが確認されなければならない。そして,Fが当事者として参加する場合も,同じく代位債権者(法定の訴訟担当者)として,AのCに対する甲土地の所有権に基づく甲土地の移転登記請求権を訴訟物とする請求を立てることにな
ることも確認されなければならない。
次に,権利主張参加の許否であるが,権利主張参加は参加人が「訴訟の目的の全部又は一部が自己の権利であることを主張する」という要件を満たす場合に許容される。権利主張参加の趣旨は,訴訟の目的についての権利に関する三者間の法律関係を矛盾なく解決することにあることから,この要件は原告の請求と参加人の請求が法律上非両立の関係にあることを意味すると考えられている
そこで,本問の事例において,この要件が満たされているかどうかを判断することになるが,その際に,訴訟物が同一であることだけでこの要件が満たされていないとはいえないことに注意が必要である。というのも,判例(最判昭和48年4月24日民集27巻3号596頁)・通説によれば,債権者代位訴訟に,被保全債権の存在を争う債務者が,自らへの給付を求めて権利主張参加をすることが肯定されているからである。そこでは,訴訟物が同一であるにもかかわらず,原告と参加人の原告適格が非両立であるために,代位債権者(原告)の第三債務者(被告)に対する請求と債務者(参加人)の被告に対する請求の双方が同時に認容されることはない,という関係がある。したがって,本問の事例において,BとFの原告適格が両立するかどうか,換言すれば,債権者代位権の行使によって債務者の管理処分権が剥奪ないし制限されることとの関係で,BとFの債権者代位権が両立するかどうかが検討されなければならない。
最後に,共同訴訟参加の許否であるが,共同訴訟参加は,「訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合」に許容される。この要件は,参加人が原告側に参加する場合には,原告と参加人が共同原告であったと仮定したときに,その訴訟が原告側の必要的共同訴訟であることを意味する。
したがって,本問の事例では,BとFが共同原告としてCに対する訴えを提起した場合に,原告側の必要的共同訴訟になるかどうかが検討されなければならない。それぞれ別個独立の被保全債権を有するBとFは,債権者代位権を共同で行使しなければならない関係にはないから,固有必要的共同訴訟は成立しない。そこで,類似必要的共同訴訟が成立するかどうかの検討が必要となる。
原告側の類似必要的共同訴訟は,共同原告の一方が訴えを単独提起した場合に,その訴えが原告適格に欠けることがないと同時に,その訴えに係る訴訟の確定判決の効力が他方に及ぶという関係が成り立つ場合に成立する。
そこで,B又はFが単独で訴えを提起した場合に,その訴えに係る訴訟の確定判決の既判力又はその反射的効力がF又はBに及ぶかどうかを検討することになる。複数の法定の訴訟担当者が原告となった訴訟が類似必要的共同訴訟であるとする最高裁裁判例として,住民訴訟に関する最判昭和58年4月1日民集37巻3号201頁,最(大)判平成9年4月2日民集51巻4号1673頁と,株主代表訴訟に関する最判平成12年7月7日民集54巻6号1767頁があるが,平成9年判決は他の担当権限を有する者(原告適格者)に対する既判力の直接拡張を,他の2判決は被担当者に既判力が及ぶこと(民事訴訟法第115条第1項第2号)から被担当者を経由して既判力が他の原告適格者に反射的に及ぶことを前提としている。
他方,本問の事例で,BとFが訴えを共同提起した場合において,これが仮に通常共同訴訟であるとすると,BとFの受ける本案判決の内容に相違が生ずる可能性があり,かかる相違が生じたときには,被担当者に既判力が及ぶことから,被担当者であるAにおいて既判力の矛盾が生ずることになる。このような,被担当者における既判力の矛盾を回避する必要性から,類似必要的共同訴訟性を根拠付ける考え方もあり得るところである。

〔設問3〕

は,訴訟2におけるLとMの関係が必要的共同訴訟と通常共同訴訟のいずれであるかという検討を前提に,Mのした請求の認諾及び中間確認請求の放棄の陳述がどのような効力を有するかを問う問題である。なお,検討に際して,該当する判例を押さえておくことが求められている。
当然承継後の訴訟2における本訴請求は,LとMが丙建物を共有していることを前提とした,
乙土地の所有権に基づく丙建物収去乙土地明渡請求である。本問の事例とほぼ同様の事例において,最判昭和43年3月15日民集22巻3号607頁は,このような場合に建物共有者が負担する建物収去土地明渡義務は不可分債務であり,土地所有者は建物共有者のそれぞれに各別に請求をすることができることを理由として,被告側の固有必要的共同訴訟ではないとしている(通常共同訴訟であるとする趣旨であると考えられる。)。
これに対して,当然承継後の中間確認請求は,「乙土地をL及びMが共有する」ことの確認請求である。最判昭和46年10月7日民集25巻7号885頁は,このような請求は,共有者の持分の確認とは区別された,共有権(共有関係)の確認であることを前提として,この訴訟では,共有者全員が有する一個の所有権が紛争の対象となっており,その解決には共有者全員が法的利害関係を有することから,全員に矛盾なく解決される必要があることを理由に,原告側の固有必要的共同訴訟であるとする。
以上の判例を前提とすると,Mの本訴請求の認諾の陳述は,Mとの関係でのみ効力を有し,Lには効力を及ぼさない(民事訴訟法第39条)のに対して,中間確認請求の放棄の陳述は,MとLのいずれの関係においても効力を持たない(民事訴訟法第40条第1項)ことになる。
そうすると,終局判決において中間確認請求が認容され,この判決が確定した場合には,Mは乙土地の共有者であるにもかかわらず,Nに対して乙土地の明渡義務を負うという,実体法上は矛盾した結果が生ずる。しかも,乙土地の所有者が誰であるかは,本訴請求との関係で,先決的法律関係であることに注意が必要である。
以上のような矛盾した結果が生ずる可能性があることを踏まえて,これを訴訟法的な観点から放置してよいものかどうか,そして,放置すべきではないとすれば,いかにすればよいかを,判例とは異なる解釈を採ることを含めて検討することを求めるのが,本問の題意である。
例えば,本訴請求が乙土地の一個の所有権の帰属に関する争いの一環としての訴訟であることから,本訴請求,中間確認請求のいずれもを固有必要的共同訴訟と解することによって矛盾を回避すべきとする立場,あるいは,Kは,Mの認諾調書のみではL・Mに対して土地明渡しの強制執行をすることができない(上記昭和43年判決はそのように判示する。)から,上記判例による帰結に不都合はないとする立場などがあろう。どのような立場を採るにせよ,法律論として説得力ある議論を展開することが求められる。

以上引用終わり

長い(笑)
こういう問題で一体なにをみようとしているのか、何が評価できるのか気になった。採点実感を見よう。
採点の実感
設問1

事実の自白の撤回制限効の根拠については,禁反言に言及するだけの答案が多く
事実の自白の裁判所に対する効力から丁寧に論じている答案は少なかった
権利自白の撤回について
権利自白の裁判所に対する効力の有無から説き起こすことを期待していた
権利の存否の判断は裁判所の専権であるとしつつ,このように論ずる答案も多かったが,権利の存否の判断が裁判所の専権なのであれば,所有権も権利である以上,たとえそれが日常的な法概念であっても,その存否の判断は裁判所の専権と考えなければ論理一貫しないが,この矛盾を論じている答案はほとんどなかった
権利自白の撤回が制限されることを理論的に基礎付けることが難しいことは示唆されているのであるから,簡単に結論が出るような問題でないことは容易に分かるはずである。それにもかかわらずそのような悩みが全く感じられない答案が大多数であったことは,誠に残念※そのようなものが書けたとして何が評価できるのだろうか?

本問で中心的に問われていることが事例への当てはめでないことは分かるはずである※確かに問題文を読む前に出題の趣旨を読んだ感想では一行問題のようだという印象だった。最近の司法試験は昔と比べて問題文が異様に長いが、ほとんど関係のない部分も多かったりするが、本問は事例はほとんど関係ないようだ。とは言え問題はまだ見ていない(笑)
権利自白の撤回も制限されるとの立場を説得的に論じた上で,更に,権利自白の撤回も事実の自白の撤回と同様の要件で認めてよいかどうか,仮に同様の要件で認めてよいとして権利自白の撤回の場合には「反真実」の要件をどのように捉えることになるか
※恐らくこう言う事を書いてほしかったのだろう。
権利自白のうち所有権の自白の特殊性にまで言及している答案には,以上の諸点についても題意に沿って丁寧に論じているものが比較的多く,それらは高評価を受けている。中でも,単に「所有権の立証の困難性に照らして」とか「所有権の来歴を立証することは困難であるから」といった抽象的な表現をするのではなく,何がどのように困難であるかを自分の言葉で丁寧に説明している答案は,少数ではあったが,総じて他の部分もよく書けていた
※こういう表現がやたらと多い、その反面、そういうことは分かり切っているので、とか長々と論じる必要はない、という表現もよくある。とは言え、自分の言葉で簡潔に述べればいいだけか。

権利自白の撤回は許されないという方向での検討を「ギリギリのところまで」求めるものであるが,この要請に応えている答案は少数であり ※それは求めすぎカモ(笑)

設問2
債権者代位訴訟が法定訴訟担当の問題であることを意識しつつ,独立当事者参加のうちの権利主張参加と共同訴訟参加
のそれぞれについて正しく説明することが求められる※最低限の一応の水準レベル

「良好」又は「優秀」と評価されるためには,単に該当条文の表現を引用するだけでなく,その解釈を展開することが必須
民事訴訟法第47条第1項の「訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する」を引用するだけで,請求が法律上非両立であることを説明することができていない
第52条第1項の「訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合」を引用するだけで,類似必要的共同訴訟が成立するかどうかの問題であることが分かっていない答案
権利主張参加については,原告適格の両立・非両立の考察を求めるのが題意である
圧倒的多数は,債権者代位訴訟の訴訟物が何かを論じ,訴訟物が同一であるから権利主張参加の要件を満たしている(あるいは満たしていない)と結論付けるにとどまっていたが,債権者代位訴訟の訴訟物を問う問題ではないから,これでは題意に答えたことにならない

債権者代位訴訟の判決の既判力が被担当者に既判力が及ぶことから被担当者を経由して他の原告適格者にも既判力が反射的に及ぶとの立場,被担当者において既判力の矛盾が生ずることを回避する必要があるとの立場などから共同訴訟参加の可否をきちんと論じている「良好」や「優秀」に該当する答案もあった

問題文に「補助参加ではなく当事者として参加することを検討しなければならないと考えた」とあるのであるから,そのような結論,すなわち,債権者の一人がいったん債権者代位訴訟を提起してしまうと,他の債権者には当事者として関与す
る手段がない(せいぜい補助参加し得るにとどまる)と考えることの妥当性を検討しなければ,題意に十分に答えたことにはならない
ことに気付いてほしかった

「他人間に訴訟が係属していることが要件であるが,本問の事例ではこの要件を満たしている。」などとするものである。しかし,この要件を満たしているからこそ独立当事者参加や共同訴訟参加の可否を問うていることは問題文から明らかであるから,このような記載は無用である。書けば書いただけよく勉強していると評価されると誤解しているのかもしれないが,むしろ,このような記載をするとセンスを疑われる(論ずべきポイントが何かを把握していないと受け取られる)ことになりかねない
※センスを疑われると評価が下がるのだろうか。そうだとしてその評価はどれくらいになるのだろうか。

設問3
「良好」や「優秀」の評価を受けるためには,更に,判例「に無批判に従うことはせずに」それを踏まえて自分の考えを論ずる必要がある
判例に従うと本訴請求と中間確認請求とで実体法上は矛盾した結果が生ずることを的確に指摘することができている答案も相当数あった
その矛盾を放置してよいかどうか,放置してよいとするとそれはなぜなのか,放置すべきでないとするとどのように考えるべきかを,どの程度説得的に論じているかで実力差がはっきりと出た

理論的に詰めて考えることをせずに,事案における具体的妥当性のみに目を奪われ,「LはKと同居しているが,Mは遠く離れた地方に居住している」,「MはKやLとほとんど没交渉となっている」といった本問の事例の個別的な事情(一般化することができない事情)を持ち出して,そこから安易に結論を導いている答案が少なくなかった※この場合は個別具体的な事情は勘案する必要はないようだ、と思ったら早速試験委員に論破される(笑)

問題文に「本件での結果の妥当性などを考えて」とあること,また,従来の採点実感等において受験者の事例分析能力や事例に即して考える能力に疑問が呈されてきたことが影響しているようにも思われるが,結論の具体的妥当性を追求するということは,妥当な結論を導くための理論構成を考えるということであって,個別的な事情から裸の利益衡量をして妥当と思われる結論を導くということではない
※なるほど、遠くに離れているとか没交渉だからという理由だけでなんの理論構成もしていないということか、納得。

全体を通じて
結論に関係しない一般論を長々と論ずるもの,何か書けば点数をもらえると誤解していると思われるもの
論理を積み上げて丁寧に説明しようとしないで,抽象的な用語(禁反言,相手方の信頼保護など)のみから説明したり,直ちに結論を導いたりするもの
当該事案における結論の妥当性のみを追求し,論理的な一貫性を欠いていたり,理論的な検討が不十分であったりするもの

問題

設問1

「権利自白の撤回は許されない」という主張を「理論的に基礎付けることができるかどうか」検討しなければならない。
さらに
「事実の自白の撤回制限効の根拠にまで遡った検討が必要かもしれません」つまり遡って検討しろと。
「「理論的基礎付けは難しい。」という結論になってもやむを得ません」検討した結果難しいという結論でも構わない。
が,「ギリギリのところまで「被告側の権利自白の撤回は許されない。」という方向で検討してみてください」

ということで、理論的に検討を重ねた結果、「権利自白の撤回は許されない」とすることはできないという結論になっていいし、そうなるようだ。
出題趣旨で「事実の自白の撤回制限効の根拠論が,権利自白に類推できるかどうかを検討することが,本問の題意」とある。そして根拠についても出題の趣旨で簡単に述べられている。解答に使えそうだ。

権利自白で撤回が許されるのはなぜか

設問1は、事実の自白では撤回が許されないのに権利自白では撤回が許されるのはなぜか、矛盾するのではないかという問題意識から作られているようである。
確かに禁反言や自己責任だけを撤回禁止の根拠にしてしまうと、権利自白だって同じになり、結果、権利自白も撤回が許されない、となってしまうが、そうすると判例とは矛盾することになる。
勿論判例と違う結論でもいいわけだが、その場合はより説得力のある理論を披露する必要がある。

権利自白は自白ではない

権利自白に拘束力を認めることについて判例(最判昭30.7.15民集9.9.985)は否定である。民事訴訟法講義案P186
当該判例をみると
「が法律上の意見を陳述したものと認めるのが相当であつて、これを直ちに自白と目するのは当らない」
「法律上の効果のみが当事者の一致した陳述によつて左右されるいわれはないからである」
「従つて法律上の意見の陳述が変更された場合、直ちに自白の取消に関する法理を適用することは許されないといわなければならない」
まず、いわゆる権利自白というものを自白としては認めていない点があげられる。一般的には権利自白という言葉を使ってあたかも自白と同列に扱われているかのような印象を受けるが、そもそも権利自白は自白ではないということである。
従って裁判所や当事者を拘束するものではない。

権利自白には証明不要効しかない

この点、証明不要の効果はあるとするが、結局これが例外的な扱いと言ってもいいようだ(弁論主義第二原則からは当然なのであくまで私見)。

裁判上の自白

相手方の主張する自己に不利益な事項を認めて争わない旨の陳述
効力
証明不要効 179条
審判排除効 弁論主義第二原則から※当事者に争いのない事実はそのまま判決の基礎としなければならない
撤回禁止効 自己責任と禁反言の原則から ※例外アリ
民事訴訟法講義案P182

自白の対象

自白の対象は何かという問題がある。具体的事実、法規、あるいは経験則などの区別であるがこれは適切ではないだろう。
なぜなら以下のような分類にすると自白は権利自白や補助事実なども対象となると勘違いするからである。

証明不要 主要事実、間接事実、補助事実 権利自白
裁判所拘束 主要事実のみ
撤回禁止 主要事実のみ

上記判例にみられるようにそもそも権利自白は自白ではない、換言すれば自白というのは、証明不要、審判排除、撤回禁止、の3つが揃って自白と言えるからである(あくまで私見)。

権利自白を自白として認めない論拠

そもそもなぜ権利自白は自白としては認められないのか?

権利自白
「法律効果や権利関係に関する判断は、裁判所の専管事項である」というのがあります。事実の収集は当事者の権能であるけれど、これに対して法律的判断を下すのは裁判所の権能である。よって、「権利自白」なる概念は認められないというのがあります

概ね否定説の論拠としては法律判断は裁判所の専権であるから、というのが挙げられています。
しかし、これは採点実感でも指摘されているように、所有権の権利自白は自白として認めるとする結論とは矛盾しています。
しかし、上記記事によれば権利自白を自白としては認めない否定説に対しては不意打ち判決の可能性がある点が批判としてあげられているようです。

だからかもしれませんが、権利自白を原則認めない説であっても多数説では所有権などの一般人でも分かりやすいものは権利自白を自白として認めるという方向のようです。

不意打ちになる可能性があるという事は、権利自白を仮に行ったとして、もしそれが認められずに相反するような判決がでてしまうということを言っていると思いますが、それは果たして不意打ちなのか?という疑問があります。
権利自白を行っているという事は当該事実は弁論に顕出しています。相手方の権利や法律の効果を認めたりしていて、それがどういう意味なのか分かっているはずです。もし分かっていないとしたらやはりそれは権利自白を認めるべきではないはずですし、権利自白に対して自白を認めていないのだから、権利自白を行った事と違う判決が出るかもしれないというのは想定されるべき事であり、その意味で不意打ちとは言えないのではないかという反論が挙げられると思います。

もっともどの説をとってもメリットデメリットなどが挙げられて論理的整合性がとれていればいいでしょうが。

個人的には上記判例の「幾何の額につき消費貸借の成立を認めるかは、具体的な法律要件たる事実に基いてなされる法律効果の判断の問題であるから、天引が主張され、消費貸借の法律要件たる事実が明らかにされている以上、法律上の効果のみが当事者の一致した陳述によつて左右されるいわれはない」言うように、
法律要件たる事実が明らかになっているのに、その法律効果が当事者の陳述によって変わってくるとするとなんだかおかしな気がします(それでもいいと言えばいいのかもしれませんが)。これは民事訴訟は真実究明が目的ではないという話とは違った問題だと思います。

従って、(否定説をとるなら)権利自白に自白としての審判排除効や撤回禁止効を認めない論拠を自分なりに固めておく必要がありそうです。これは他の争いのある論点全般的に言えることだと思いますので、そうすると時間がいくらあっても足りませんし、自説が固まっていなくても合格点はとれますから、少なくともそれぞれの説のおかしな点などは押さえておけばよいと思います。
そもそも、争いがある、という事は結論が出ていないとも言えるわけで、高邁な学者先生たちでさえ喧々諤々な問題を一介の受験生がまとめあげる事ができるのか?ということもあります。

設問2

※債権者代位は改正されていますが旧法で検討しています。
Aにお金を貸しているF銀行が訴訟に参加する方法を聞かれている。
参加する訴訟はBとDの訴訟で、D(C名義)からAへの所有権移転登記を求めるものである。
従って、F銀行はBを勝たせることによって間接的にAの財産を保全したいようである。
問題文には「独立当事者参加」と「共同訴訟参加」のそれぞれが認められるか検討せよ、と指定されている。

まず、出題の趣旨などにもあるようにBの原告適格当事者適格について?となるが、指摘がなければ現場ではスルーしてしまうかもしれない。
「原告Bは,Aに対する貸金債権に基づき代位債権者としてAに代位している法定の訴訟担当者であり」なるほど、そういうことですね。
「Fが当事者として参加する場合も,同じく代位債権者(法定の訴訟担当者)として,AのCに対する甲土地の所有権に基づく甲土地の移転登記請求権を訴訟物とする請求を立てることになることも確認されなければならない」
ここまではいいが、出題の趣旨、採点実感を読んでもなんとなくボヤ―っとしか言いたい事が分からない(笑)

独立当事者参加は三面訴訟?

独立当事者参加
独立当事者訴訟自体がどういう訴訟なのかについて争いがあるが、この点についてはっきりとした見解を聞いたことがなかったのでボヤ―っとしかいいたいことが分からない。
独立当事者参加の規定が訴訟承継などにも利用されていたりするので混乱しているのも一因かもしれない。

「権利主張参加の要件は、第三者の請求が原告の請求と論理的に両立し得ない関係にあることだと一般的に言われています」と上記記事にもあるが、これは一般的に言われていることであって、条文に明記されていることではないが、要するに試験的にはこれでいいということだろうか。少なくとも設問2は、そういったことを検討せよということだろう。

とは言え、出題趣旨にあるのは債権者代位訴訟における「債務者」の訴訟参加についてであるので、その場合は確かに非両立である。しかし、これは独立当事者参加だから非両立になるというわけではない。そもそもの利害関係が両立していない。
独立当事者参加というものが原告と参加人の請求が非両立でなければならないとするなら確かに利害の一致しているような(債務者に弁済しろと請求する場合など)本問の場合は使えないが、そんなものは条文にも書いてないし、権利主張参加は非両立というのもそう言われているだけである。
※この点、以前独立当事者参加と共同訴訟参加の違いについてアップしていた。結論は出なかった(笑)なんせこの違いについてネットで検索してもヒットしないからである。

独立当事者参加は必要的共同訴訟?

いずれにせよ47条は必要的共同訴訟40条1項から3項を準用している。
必要的共同訴訟とは、共同訴訟人全員について一挙一律に紛争解決を図ることが法律上要請される訴訟形態。
固有必要的共同訴訟と類似必要的共同訴訟がある事はご承知の通り。
要するに必要的共同訴訟は共同訴訟人間で判決が同じ内容でないとお話にならないような場合である。
40条1項が「訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定すべき場合には、その一人の訴訟行為は、全員の利益においてのみその効力を生ずる。」としているので、合一確定の必要がなければ40条は準用されなくてもよい、と読むことも可能だが、素直に47条の体裁を見ると、原則的に必要的共同訴訟の規定を準用するとしたほうが良さそうである。

権利主張参加型はなぜ請求が非両立なのか

そのように解釈すると独立当事者訴訟は三面訴訟が原則ではなく、ケースバイケースで使えると考えられるし、だからこそ詐害防止参加と権利主張参加の2つの類型を考えているのだろう。
そして、権利主張参加は原告と参加人の請求が非両立だとすると40条を使わなくてよい、となる。
そうすると、参加人と原告の請求が両立してしまう場合は、権利主張参加とせずに詐害防止参加型とすれば独立当事者参加の訴訟形態も使えることになる。そもそもその類型化は条文に書いてあるものでもない
しかし、出題趣旨や採点の実感を読むと、権利主張型が前提のようだし、結局題意に答えなければならないので、題意とは何かが問題となる(笑)
また、債権者代位訴訟を提起すると、他の債権者(請求が両立してしまう)は当事者として関与する手段がない、と言い切られている意味がよく分からない(笑)

問題文から題意を読み取れるのか

採点実感にこうある。
「債権者代位訴訟を提起してしまうと,他の債権者には当事者として関与する手段がない(せいぜい補助参加し得るにとどまる)と考えることの妥当性を検討しなければ,題意に十分に答えたことにはならないことに気付いてほしかった」※これはそういう考え方に対してそれは色々と問題あるのでは?という検討をせよ、という意味なのか?
※他の債権者は請求が両立してしまうから、請求が非両立の場合に使える独立当事者参加は使えないという意味のようだ。ま、こんなん分かるわけない(笑)
そもそも独立当事者参加は必要的共同訴訟を準用しているが、必要的共同訴訟は合一確定の要請がある場合の形態である。
合一確定の意味をどのように捉えるかにより限りなく違いがあるが、債権者代位訴訟をある債権者が提起していて、そこに加わる場合に同じ判決でも充分ということもある。そうなると独立当事者参加でなければならいわけではなく補助参加でもいいとも言える。請求が非両立の場合にしか独立当事者参加が使えないからではなく、非両立だったら使えるわけで、債権者代位訴訟であっても非両立であれば使えることもあるということになる。もっとも債権者代位訴訟に他の債権者が請求が非両立で参加する場合というものがどういうものかは分からないが。
いずれにしろ論理が逆転しているから腑に落ちないのだろう、ということにしておこう。

まず債権者代位訴訟がどのようものか正確に理解しておかなければいけない。
さらに独立当事者参加がどのようなものか正確に理解しておかないといけない。
また、訴訟要件などの面ではなく、その訴訟形態を使うと実際の訴訟においてどのような不都合が起きるのかを理解しておかなければいけない。

そのものずばりの論点(出題趣旨や採点実感に書いてある題意が問題文に記載されていれば)を聞かれればなんとか現場思考で答える事はできるかもしれないが、日頃の勉強で培っていなければ問題文を漠然と読んだだけでは分からないだろう。
いや、そういう問題の出し方をしている。
設問を読んで、独立当事者参加が使えるのか?と早速検討をはじめると、独立当事者参加は三面訴訟であり、一般的には原告と参加人の請求は非両立だ、というのはちゃんと勉強していれば分かるはずである(勿論私は分からないが(笑))。
そうすると、おかしなことに気づく、というわけである(ちゃんと勉強していれば)。そして、そのおかしなところを検討せよ、というわけである。
採点実感などを読むと、そもそもそのおかしな点に気づいてない人が多かったということだろう。
これはちゃんと勉強しているからこそ矛盾点に気づき、整合性がとれないから、あえてそれをスルーして独立当事者参加が使える方向で検討していったという点もあるかもしれないが(使う事を検討せよと言われているのでどうにかして使う方向で検討した人も多いはずである。使う事を検討せよと言いながら実は使えないかもよ、どうする?という点に気づいてそれを書けというのはちといやらしい(笑))、この点と似たような姿勢についても批判されている。
「事例の個別的な事情(一般化することができない事情)を持ち出して,そこから安易に結論を導いている答案が少なくなかった」
結論ありきで、それに見合う事情を拾い出しているだけで、理論的な裏付けがない、ともいえるかもしれない。
或いは、この考え方で行くとこの事案だと変な結論になるから、そのおかしな点には目をつぶっておこうなど。
日頃から法律を勉強していると誰しも、この判例の言っていることはおかしいぞ、この学説でいくとなんだか変だ、などとと思う事は日常茶飯事だと思う。
しかし、その問題意識に目をつぶり勉強をすすめていく。なんせ時間がないのだから。
法科大学院での教育について懐疑的な採点実感がよくあったが、そもそも論として、もし法的センスが上質な人間を採用したいのなら試験科目自体を減らしても何の問題もなさそうである。
短答試験の存在意義も薄れた今、択一プロパー的なものを学習するだけ時間の無駄かもしれない。
そんなものはセンス上等の人にとっては些細な問題である。

出題者の意図が分からなくても合格答案は書ける

と書いていると一体この問題は何を書けばいいのか、聞かれているのか分からなくなってきた(笑)
題意と書かれているところを抜粋すると

①権利主張参加については,原告適格の両立・非両立の考察を求めるのが題意である
②債権者の一人がいったん債権者代位訴訟を提起してしまうと,他の債権者には当事者として関与する手段がない(せいぜい補助参加し得るにとどまる)と考えることの妥当性を検討しなければ,題意に十分に答えたことにはならない

①についてはそもそも権利主張参加についての原告と参加人の請求について非両立という点に問題意識があって、それを深く考察していなければ期待されるような答案は書けそうにない。
②については債権者代位訴訟が一旦提起されると他の債権者は当事者としてその訴訟に参加する手段がない、という考え方を知っておかなければ何も書けない。

これは出題者側の問題意識が反映されたものだろうが、それを問題文には直接書かずに出題者の意図を汲み取る必要があるというわけだ。
こういった問題意識が論点として有名であれば勿論それは押さえておくべきものだろう。しかし、そうではないとしたら、試験委員の求める優良答案を書くために勉強するのはむしろ有害かもしれない。
そこまでの答案を書かなくても合格できるのだから。
とは言え、こういう分析をすると非常に勉強になるのは間違いない(そもそも知らない事が多すぎるだけだが(笑))

債権法改正後の代位訴訟・取消訴訟 における参加のあり方
債権者代位訴訟が提起されると、他の債権者は別途訴訟は提起できないものの(重複訴訟の禁止に抵触)、当事者として訴訟参加できないなどの記載はない。

令和3年の予備論文で債権者代位訴訟についての訴訟参加の問題が出ているようです。
令和3年 予備試験 論文式試験 民事訴訟法 再現答案(評価:C)
講師作成参考答案
問題
出題趣旨
本問は債務者が訴訟参加するパターンですが、この場合共同訴訟参加っておかしいよな、と思いつつ、被保全債権は争い、登記請求については利害が一致していますね。
小問2は独立当事者参加できるかどうかがきかれています。

債権者代位権、改正さる(笑)

ここまでやってあれですが、債権者代位権は既に改正されている。。。。

第 423 条の 5 債権者が被代位権利を行使した場合であっても、 債務者は、 被代位権利について、 自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない。 この場合においては、 相手方も、 被代位権利について、 債務者に対して履行をすることを妨げられない。

大判昭 14・5・16 民集 18 巻 557 頁を変更するもの
この結果、 債権者による代位訴訟提起後も、 債務者は管理処分権を失わず、 引き続き当事者適格を有することになる
※ここで言う当事者適格は参加する訴訟の事ではない事に注意

さて、改正後はどうなるのか?
https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/production.wp.s3.agaroot.jp/wp-content/uploads/2019/07/24165526/19shihou_yobironbunkakomon_minjisosyouhou_h2505.pdf
代位債権者と債務者は当事者適格の択一的な帰属をめぐって争う関係に立つわけではなく、独立当事者参加(権利主張参加)を肯定した昭和48年判決の結論が維持できるのかには争いがある。
  最高裁判所第三小法廷昭和48年4月24日

債権者代位は債権者に引き渡しを求めるのか、それとも債務者かで話が変わってくるのではないか?

ここで疑問に思う。請求が両立するとかしないとか、考えてみたら債務者の権利を債権者は代位行使しているから結局同じものなのに、なぜ非両立と言えるのか。
直接債権者に引き渡したり支払ったり請求できるから、債権者がそういう請求をたてていて、債務者は債務者に支払えと請求をたてていれば非両立なのか?混乱(笑)

非両立とは一方の請求が引用されれば、他方の請求が棄却される関係にある場合を指す。例えば、本訴請求がある土地の所有権の確認請求で参加人の請求も同じ土地の所有権の確認請求であるような場合https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/092/052092_hanrei.pdf

どうやら両立非両立を勘違いしていたようだ(笑)
しかし、そうだとすると、他の債権者が同じ債権を自己に支払えという請求をたてるなら非両立の関係にあると言えるが、

だんだん混乱してきた(笑)一旦整理しよう。

一旦整理

48年判決の捉え方

まず48年判決は何を言っていて、なぜそれほど重要なのか。
http://blog.livedoor.jp/kosekeito/archives/minpou423jouno5.html

旧法下では債権者代位権が行使されると債務者は管理処分権を失う→訴訟は起こせない

しかし、独立当事者参加は可能(重複訴訟にあたらない)48年判例

とは言え、一応できるが、債権者の代位権行使が適法なら結局債務者は当事者適格を欠く事になり不適法となるものの、債権者の訴訟追行権がないことが判明すれば債務者の追行権は失われない

また、判旨を読むと当事者適格が非両立だから当事者参加が許されるとはしていないように読める

少なくとも債権者代位訴訟において債務者が訴訟参加できるのは請求が非両立だから独立当事者参加ができるわけではない、と思われる(当然私見)。※権利侵害防止参加

そこで以下の短答過去問の肢4の場合など、確かに債権者代位訴訟を提起された債務者であっても独立当事者参加が許されても問題ない事が分かる。
また、当事者適格という観点から考えると、独立当事者参加の当事者適格としてみた場合は旧法下で債務者の管理処分権がはく奪された場合であっても当事者適格を認めても問題なさそうではある。あくまで、別個独立に訴訟を提起することはできないが、という事である。

短答過去問 当事者適格と債権者代位

平成23-45 予備短答P337
〔第45問〕(配点:2)
Aに対して売買代金債権を有すると主張するXが Aに代位して AのYに対する貸金債権に基づき Yに対して当該貸金の返還を求める訴えを提起した この事例に関する次の1から5までの各記述のうち,誤っているものはどれか (解答欄は ) 。 ,[№55]
1.当該訴訟の係属中に,AがYを被告として,XがYに対して求めているのと同一の貸金の返還を求める別訴を提起した場合には,Aの別訴は,重複する訴えの提起として却下される。
2.Xが訴えを提起した時点で,AのYに対する貸金債権について時効中断の効力が生ずる。
3.AのYに対する貸金債権の弁済期が未到来であることが明らかになった場合,裁判所は,訴えを却下しなければならない。
4.Xの主張する売買代金債権が弁済によって消滅したと主張するAは,当該訴訟に独立当事者参加をすることができる。
5.訴えの提起前にXのAに対する売買代金債権が消滅していたにもかかわらず,AのYに対する貸金債権の不存在を理由に請求を棄却する判決がされ,その判決が確定した。この場合,Aは,Yに対する訴えを提起して当該貸金債権の存在を主張することを妨げられない。

正答は3
なので肢1は〇であり、債務者Aの別訴は重複訴えで却下される。当事者適格がなくて訴え却下ではない。
改めて重複起訴の禁止とは何か https://eu-info.jp/CPL/142.html
 事件が同一かどうかは当事者および審理対象(訴訟物)の観点から判断される
 前訴の判決効の拡張を受ける者が後訴の当事者である場合も、同一の事件として扱われる
として債権者代位訴訟において、債権者が代位権を行使しているものを前訴
債務者が代位債権(自分の債権)を行使しているものを後訴として
後訴は重複起訴にあたるとしている。要するに同じ債権を行使していることになるわけで、当事者適格がないから訴えが却下されるわけではないようだ(当事者適格がないという捉え方もできるが)。
債権者代位訴訟の原告適格

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kterashi/saikennhou/150600.html
なお,現在の裁判実務においては,債権者代位訴訟の係属中に債務者が被代位権利を訴訟物とする別訴を提起することは重複訴訟の禁止(民事訴訟法第142条)に反するとされているため,債務者としては債権者代位訴訟に参加するという方法を採ることになる

そして、48年判決をまた確認するハメになる。そして驚く。
実はこれ、本訴は債務者が第三債務者に債権者の債権を代位行使している例だった。いや、これは語弊があるか(笑)
賃貸人⇒賃借人⇒転借人 という関係で賃借人が賃貸人の所有権に基づく明け渡し請求を代位行使している。
もっともその意味で賃借人は債権者という立場になり、参加者である賃貸人は債務者という関係になるが。
とは言え、参加人は無断転貸により賃借人との契約を解除し、明け渡し請求をしている。
その意味では賃借人は恐らく自己への明け渡し請求なのでやはり請求、もしくは当事者適格が非両立であることは間違いない。

試験委員会の題意は一つの解釈

また、判例は債務者が自己への給付を求めている権利主張参加だが、試験委員の解釈として、「訴訟物が同一ということだけでは却下されない」「原告と参加人の原告適格が非両立だから訴訟参加できている→両立していたら却下される」⇒訴訟物が同一+原告適格が両立=却下される、よって、原告適格が非両立なので債権者代位訴訟(権利主張参加)はできると捉えているようだ。
従って原告と参加人の原告適格が両立するかどうか(債権者代位権の行使によって債務者の管理処分権がはく奪制限されることとの関係で)を検討せよ(それが題意のようだ)。

しかし、上記ブログには、
「代位債権者が適法に債権者代位権を行使しているときには、債務者は被代位権利の処分権限がないことになり、当事者適格を欠くという理由で、結局は参加を却下するという結論を導いていました」
とあり、非両立だから独立当事者参加が追行できているわけではないと言える。
代位債権の行使の訴えがされると債務者は独立当事者参加もできない?
要するにこの論点はそもそも代位債権を行使されると、債務者は当事者適格を失う。これは恐らく原則としてそうなるのだと思う。しかし、独立当事者参加はできる、と読める(判例は結果として却下しているが)。
そのできる要件として、原告適格が非両立だから、と出題の趣旨は捉えているようだ。
しかし、これは一つの考え方に過ぎないと思われる。その点について検討せよというのが題意のようであるが、それが分かる受験生はどれくらいいるのか疑問ではある。

債権者代位訴訟に債務者が参加できるか個人的結論

個人的には、48年判決は債務者の訴訟参加を却下する理由として重複起訴にあたるのではなく当事者適格がないからとしているのではないかと思われる。
従って独立当事者参加が許される(理由として当事者適格が非両立だから)としているのではない、としておこう。

両立非両立は場合分けが必要?

そうすると、本問のように債権者が訴訟参加する場合は実は債務者に支払いや引き渡しを請求する場合と自己に請求する場合で場合分けする必要がある事が分かる。
この点、「しかし、債権者代位訴訟への債務者による共同訴訟参加に関して、これまでは、債権者代位訴訟で債権者への支払い・引渡しが求められているのか、それとも債務者への支払い・引渡しが求められているのか、また共同訴訟参加の申立てをする債務者が債権者への支払い・引渡しを求めるのか、それとも自己への支払い・引渡しを求めるのかが明確には区別されないまま議論されてきた。」という指摘で気づく。file:///C:/Users/malis/Desktop/%E8%AB%96%E6%96%87%E5%95%8F%E9%A1%8C/0286_8911_053_03.pdf
出題趣旨にある両立非両立に拘るとそうなるはずであるが、その点については触れられていないようである。もしかすると両立非両立というのが当事者適格として捉えられているのかもしれない。
出題の趣旨では非両立が前提のようであるが(多分)、登記を債務者に移すのなら債権者同士の利害は一致しているはずである。

いずれにしろ再現答案のようなものでも最低限の水準はとれるようなのでこれ以上深入りしても、これだからベテランは、と言われそうなのでやめておこう(笑)
なんせこの論点、かなり難しい話のようです。「債務者による当事者参加があったときに、裁判所がどんな判決を書くのかは、かなり悩ましい問題だと思います」と正気サイトに書いてあるような事を試験問題として出し、しかもそれが隠された題意にあるとしたら、一応の水準でヨシとしましょう。

債権者代位権と訴訟参加、重複起訴まとめ

旧法下
債権者代位権訴訟が提起されている状態だと、債務者および他の債権者が別訴を提起すると重複起訴として却下される。
請求が非両立の場合に独立当事者参加が許される(試験としての答え)。但し、代位債権の行使が適法なら債務者の参加は結果的に却下される。
改正後
代位権が行使された後でも債務者の管理処分権は失われないが、別訴の提起は重複起訴になるはずである。
独立当事者参加の場合も結局結論は変わらないのではないだろうか。

共同訴訟参加

設問2が思いのほか長くなったので共同訴訟参加についてはまた今度にしよう。

設問3

必要的共同訴訟と通常共同訴訟のいずれであるかという検討を前提
請求の認諾及び中間確認請求の放棄の陳述がどのような効力を有するか

問題文をざっと読むと、別々にそんなことしたら不都合でしょ、と思う事必至。
しかし、出題の趣旨にある判例をそのまま適用すると、不都合になる(笑)

判例がおかしい場合

そして、採点実感には「判例に従うと本訴請求と中間確認請求とで実体法上は矛盾した結果が生ずることを的確に指摘することができている答案も相当数あった」とある。
要は判例がおかしい、ということで良いようだ。
しかし、ちょっと検索してみると判例は通常共同訴訟である、と盲目的に述べるだけでおかしな点の指摘はほぼ見られない。
判例を無批判に丸暗記していると、本質を突いた練られた問題には太刀打ちできない。

問題にあたってから採点実感を読むと納得できるのは、判例の考えをそのまま適用すると実際には不都合が生じてしまうので、それを回避するために理論はすっとばして結論の妥当性だけを書いてしまうのが良くないという点である。
それを何とか理論的に納得させることが求められている、というかそうしなければ単に意見を述べているに過ぎない。

不可分債務者に対する訴訟形態は通常共同訴訟でいいのか問題

 昭和43年3月15日判例
土地の所有者がその所有権に基づいて地上の建物の所有者である共同相続人を相手方とし、建物収去土地明渡を請求する
訴訟は、いわゆる固有必要的共同訴訟ではないと解すべきである。けだし、右の場合、共同相続人らの義務はいわゆる不可分債務であるから、その請求において理由があるときは、同人らは土地所有者に対する関係では、各自係争物件の全部についてその侵害行為の全部を除去すべき義務を負うのであつて、土地所有者は共同相続人ら各自に対し、順次その義務の履行を訴求することができ、必ずしも全員に対して同時に訴を提起し、同時に判決を得ることを要しないからである

該当の判例のロジックは
建物の共有者への明け渡し請求、言い換えると明け渡し義務は不可分債務である。
各人が全部の明け渡し義務を負う
だから債権者は個別に請求できる
よって必要的共同訴訟ではない

固有必要的共同訴訟ではなく、類似必要的共同訴訟は否定しない趣旨かと思ったが、「これを必要的共同訴訟と解するならば、手続上の不経済と不安定を招来するおそれなしとしないのであつて」とあるのでやはり通常共同訴訟であるという趣旨だと思われる。
判例のいうような訴訟不経済という観点では通常共同訴訟で行うことによる不都合もある。

確かに各自が建物収去明け渡し義務を負うので、個別に訴訟を提起しても構わないようにも思えるが、通常共同訴訟で行ってのちに弁論が分離されたりすれば別々の判決がでる可能性もあり、本問のような問題も起きる可能性がある。
そもそも、必要的共同訴訟は、訴訟の目的が共同訴訟人の全員について合一にのみ確定することが必要な共同訴訟、すなわち、判決が共同訴訟人ごとに区々になることが許されないようなものであり、基本法コンメンタール民事訴訟法ⅠP112
それは本問のような場合がまさにそうだと言える。
判例は不可分債務は債務者のうちの一人に対する訴訟でよいと、とらえているが不可分債務という概念はあくまで民法上のものである。
通常共同訴訟か必要的共同訴訟かは債権債務がなんであるかという観点からではなく、合一確定の必要があるかないかで判断されるべきである。

と書きながら、不可分債務と可分債務の区別が結構微妙だったことを思い出す。
確認しておかねばなるまい。

確認しようと検索していたらこんなのを見つける。

なぜ不可分債権は、 通常共同訴訟 が可能なのでしょうか?
なぜ不可分債権は、 通常共同訴訟 が可能なのでしょうか?
不可分ということは、共有者全員に帰属する債権なのですから、なおのこと固有必要的共同訴訟を提起して、判決の矛盾を防ぐ必要があるのではないでしょうか?

回答をどうぞよろしくお願いします。

実体法上、不可分債権の各債権者は、単独で、全債権者のために履行の請求ができます(民法428条)。このため、各債権者は1人で請求し、履行を受領することができます。
この実体法の規律からすると、不可分債権の請求については、必要的共同訴訟とする必要がないといえます。もちろん、判決の矛盾は避けられた方が良いに決まっていますが、訴訟共同を強制するまでの必要性はないと考えられています。もし、固有必要的共同訴訟となれば、すべての債権者が原告にならなければなりません。一部の債権者が消息不明であったり、訴訟に同調しない場合、不可分債権の請求が事実上不可能になってしまい、民法の規律が無意味になるおそれがあるということで、納得されるのがよいのではないでしょうか。

判例の趣旨と同じだと思うが、確かにそういう意味では納得できる。
しかし、そうだとすると、本問のように共有者全員に訴訟が継続している場合はその必要もないと言える。
そうであれば類似必要的共同訴訟としたほうがよいのではないか。

不可分債務は通常共同訴訟、不可分債権は固有必要的共同訴訟?

※自己解決 不可分債務だからとか不可分債権だからとかでカテゴライズできるものではない。

昭和46年10月7日判決
共有権の確認請求は一個の所有権が紛争の対象となっていて、全員に矛盾なく解決される必要があることを理由に,原告側の固有必要的共同訴訟であるとしている。
つまり、不可分債権だとか不可分債務だとかいう区別が最初にあるのではない。

43年判決のロジックは、債務者が複数いたとしても一人に請求すれば全員に請求したのと同じ効果があるから通常共同訴訟でよい⇒全員同時に裁判しなくて良い
そうすると債権者が複数いたとしても一人が請求すれば全員が請求したのと同じ効果がある場合も通常共同訴訟でよいとも考えられる。
1個の共有権に基づく所有権移転登記請求はどうか?46年判決ではこれも固有必要的共同訴訟だという。
この場合、不可分債権なのか可分債権なのか?
常識的に考えても不可分債権である。不可分債権者のうちの一人が請求した場合どういう効果が発生するか。
旧428では「各債権者は総債権者の為に履行を請求し」とあり、各債権者は単独で自分に給付せよと請求することができ、各債務者も、任意に債権者の一人を選んでこれに対し履行することができる。基本法コンメンタール債権総論P95
債務者側から言えば、債権者のうちの一人に給付すればそれですむから43年判決のロジックをそのまま適用すると、この場合でも通常共同訴訟でよいことになる。
勿論、まったく同じ事案ではないから矛盾していると言い切ることはできないので、ロジックが違うと言うことだろう。
それとも不可分債務は通常共同訴訟で不可分債権は固有必要的共同訴訟という区別なのだろうか。

いずれにしろ、出題の趣旨が言うように「終局判決において中間確認請求が認容され,この判決が確定した場合には,Mは乙土地の共有者であるにもかかわらずNに対して乙土地の明渡義務を負うという,」矛盾した結果が生じてしまう。

このような問題が論文試験には結構でているが、勉強していてなんとなく腑に落ちないとか、いくらやっても理解できなかった部分は実はこういう事だったのだろうと思う。
論理的に考えるとどうしてもおかしな部分がでてくるのに、判例が言っているからとか、基本書ではこう言っているからとか、断片的に覚えてしまい、事案として問題が出されたときに馬脚をあらわす。
おかしな点をおかしいと理解せずに、おかしいという点に目をつぶっているだけなのだ。だからその論点さえうろ覚えになってしまう。

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