出題の趣旨
設問1
Fが甲土地の所有権を売買契約により取得した場合と,20年の取得時効により取得した場合について
要件事実理解の前提となる民法の実体法理論について丁寧な分析と検討をし,これを踏まえて要件・効果面へと展開することが求められる。
小問(1)
Fの主張
①Bが甲土地の所有者であったことを前提
②AB間の売買契約により,甲土地の所有権がBからAへと移転した
③Aの取得した所有権が,A死亡による単独相続により,Aの相続人であるFに移転した
Bの売却した甲土地は,Bが単独相続したDの相続したCの所有であった※ちょっと日本語として分かりにくい
Cの所有であった甲土地をDが相続し、Dを相続したBが当該土地を売却したもの、と言い換える
以下上記の流れの説明
Cの死亡により,甲土地につき,DとEによる共同相続が開始
DとEは,Cの遺産につき分割の協議をしておらず,遺産分割がされていない
Dを単独相続したBは,甲土地につき,Dの相続分に対応する持分権しか取得せず
Bから甲土地を売買により取得したAも,Dの相続分に対応する持分権しか取得しない
いずれにしても,Fの主張は,失当
民法第94条第2項の類推適用についての検討を求める問いではない
小問(2)
民法第162条第1項の定める20年の取得時効を前提
「AとBは,平成2年(1990年)11月15日,甲土地を代金3600万円でBがAに売却することで合意した」との事実が持つ法律上の意義を問うもの
①Aが甲土地をBとの売買契約により取得したことは,民法第162条第1項の「他人の物」の要件をめぐり,自己の物についても時効取得が可能であることに関して問題となること
②甲土地をAがBとの売買契約により取得したことは,所有の意思の要件,つまり自主占有の要件においても問題となること
③後者にあっては,甲土地をAが売買契約により取得したことは,Aの占有が所有の意思のある占有であることを基礎付ける事実(自主占有権原)となること
④所有の意思についての主張立証責任は民法第186条第1項によりEの側にあること
小問(2)に掲げられた事実は,Eが主張立証責任を負う所有の意思に関する事実(他主占有権原又は他主占有事情)につき,当該事実の存在を否認する事実として位置付けられることを理解することができているかどうかを問うものである
①については,法文で「他人の物」となっている以上,Aが売買によってBの有していた甲土地持分権を取得したという構成を採る場合には,①の点に関する民法法理をその理由とともに示すことは必須である
AB間での甲土地売買契約により「甲土地の所有権」をAが取得することが意図されているものの,「甲土地の持分権」をAが取得することは意図されていないと考えることも可能
このように考える場合において,Aは,甲土地について何らの物権的権利も取得しない。その結果として,甲土地は,民法第162条第1項にいう「他人の物」に当たることとなる
設問2
契約条項をそのままの形で適用するのでは解決が困難である問題
寄託契約書の第4条と第6条が,寄託されている物の数量が寄託された数量に不足する場合には,そのままの形では適用することができない可能性があることが指摘されるべき
その上で,補充的契約解釈などを行うことによって,妥当な内容の債権的な返還請求権を導き出し,又は契約では規律されていない場面であることを前提に物権的な返還請求権を考えること
債権的な返還請求権によるときは,なぜそのような契約解釈が可能であるかを丁寧に論じる必要がある
契約書の各条項の文言のほか,当該契約が全体としてどのような目的と理念を有するものであるかを考察するべき
後者の物権的な返還請求権によるときは,寄託物の共有状態を正しく把握し,共有持分権者の権利はいかなるものであるかを丁寧に論じる必要がある
契約解釈は共有状態の理解によって影響を受け,他方,共有状態の理解も寄託契約によって定まるといったように,両請求権が相互に影響を及ぼすことも踏まえることも必要
共有者の一方に引き渡されることは,他の共有者の権利を害しないかという問題を発見し,そのことにつき,一定の解決を示すことも必要
設問3
無償の寄託契約において,受寄者に債務不履行があったために受寄物が盗難に遭い,その結果,寄託者が第三者との間における将来の取引に向けた交渉を打ち切られたという事例
受寄者が寄託者に対し損害賠償を請求することができるか否かの検討を求めるもの
丙建物に「山菜おこわ」500ケースが運び込まれることにより寄託契約が成立したこと(民法第657条)
Hは,無償受寄者として「自己の財産に対するのと同一の注意をもって,寄託物を保管する義務」(民法第659条)を負うこと
Hは,丙建物の施錠を忘れるという注意義務違反を犯した結果,丙建物に何者かの侵入を許したこと
Hには寄託契約上の保管義務違反という債務不履行(民法第415条)が認められることを明らかにする必要がある
Fが「Q百貨店の全店舗で『山菜おこわ』を取り扱ってもらえなくなったことについての損害賠償」を請求することができるか
Fには賠償されるべき損害が発生しているといえるか
Hの債務不履行とFが被った損害との間に因果関係があるといえるか
Fの損害は民法第416条第2項に定める特別損害として賠償の範囲に含まれるか
【事実】の中には,とりわけ6,11,12,14,16が結論を導くために重要な法律上の意味
採点実感
設問1
小問(1)
民法上の権利変動は,その原因となる法律行為や事実が認められるときに初めて肯定されるべきもの
権利外観法理により保護を考えなければならない局面は,あくまでも例外である
小問(2)
自己の物の時効取得が成立可能であるかどうかという見地から題意の事実の意義が考察対象となるということ
自主占有が法律上推定されることを踏まえ
自主占有であることを否認する観点から題意の事実が意義を持つことを適切に論ずる答案も見られた
実体法上問題とならない事実,
実体法上問題となる事実ではあるが主張立証責任の観点から主張立証を求められない事実
ないし否認の理由付けになるにとどまると認められる事実,
そして,実体法上問題となるのみならず主張立証が正に求められる事実の区別は,
実体法の正確な理解を基盤として初めて成り立つもの
優秀に該当する答案
小問(1)
甲土地の所有権が買主Aに移転したことを理由とするFの主張がいかなる法的根拠に基づくものであるか
遺産共有状態にあることと遺産分割が未了であることをその根拠規定に言及しながら正確に指摘
遺産分割未了の状態における甲土地の所有権の帰属について結論を示すもの
小問(2)
自己の物の時効取得の可否をその根拠に言及しつつ明らかにした上
他主占有・自主占有の判断基準としての占有取得権原の実体法上の意味及び主張立証責任における意味
不良に該当する答案
実体法理の意味についての検討を欠いたまま,漫然と要件事実を羅列することから始め,そこへの当てはめに堕しているもの,
遺産共有そして遺産分割未了の問題に気付いていないもの,
物権法上の共有における登記の問題や民法第177条の適用問題への言及に傾注しているもの
民法第94条第2項の類推解釈の可否に関する検討
設問2
任意規定に反しない特約が有効とされ,そして,補充的契約解釈の手法などの契約解釈を用いて当事者の合理的意思を探求する手順を経ることにより妥当な解決が見いだされるべきであるという原理を知らない受験者はいないと目される
民事の法律実務においては,契約書の内容が文言のみを見ると矛盾が生ずるように感じられる局面は珍しくなく,そうであ
るからこそ,そこで法律家の役割が求められるものである,ということに思いを致すことが望まれる
1000個といういわば集合の全体を共有するという理解に暗黙に立ち,その半分である500個の引渡しを求めることができるなどと論ずるものがほとんどであるが,そのような考え方が当然に成り立つと見ることはできず,一つ一つの個々の物ごとに共有が成立する,という見方との対比検討という周到な考察を示す答案
民事の法律問題を考える際には,訴訟物が何になるかを意識することが,重要である
寄託契約に基づく請求権と所有権に基づく請求権の両者を問題とすることが可能
優秀に該当する答案
本問寄託契約書が,一方では,現存寄託物の共有を定め,
他方では,各寄託者に寄託した数量の返還請求権を認めていることを指摘し,
その合理的な調整を図るべく,契約の解釈等を行い,債権的返還請求権又は物権的返還請求権としての構成を適切に行った上で,妥当な結論に到達しているもの
設問3
根拠法条を掲げないで自己の財産についてと同一の注意義務であるという結論のみを示すもの
「和風だし」と「山菜おこわ」の寄託契約が別個に締結されていることに気付いていないもの
「和風だし」の契約に係る注意義務に着目し,それとの関連を丁寧に説明して善良な管理者の注意義務とするのであるならばともかく,そのような考察を経ないで善良な管理者の注意義務であるとする結論を漫然と述べるもの
特別損害を誰がいつ予見すべきか
優秀に該当する答案
「山菜おこわ」の受寄者Hが負う注意義務の基準を明らかにし保管義務違反があったことを事実に即して指摘
提示された視点に【事実】を当てはめて,「損害の賠償を請求することができるか」という問いに答える形で結論を示すもの
補足的に指摘しておくべき事項
接続表現が,譲歩でなく単に逆接である場面で見られる「そうであっても」,「そうとしても」という言葉や,仮定でなく単に順接である場面で用いられる「とすると」,「そうであれば」という表現の頻用は,不自然である。
「しかし」,「したがって」,「そこで」などの一般の人々も理解しやすい平易な表現で書かれることが望まれるし,答案も,そうであってほしい。
共有とは何か
保管しているものが共有物であった場合に、共有者の一人が引き渡せと請求してきた。
この場合、保管しているものをそのまま引き渡していいのか、あるいは引き渡す義務があるのか。
設問2を分かりやすく言い換えるとこういう事だろう。共有者は共有物全部を使用できるので引き渡せと言えそうである。
もっとも本問は寄託契約書に割合がどうたらこうたら書かれているので2/1は請求できるのか?
しかし、採点実感には、残っているうちの半分の500個引き渡すのが当然ではない、と書かれている。え?そうなんすか(笑)
共有は確かに注意を要する。
例えばある自動車を2人で共有している場合、半分ずつ使えるというわけではなく1台丸ごと使える。
本問のように2000個という表現だと1000個ずつっしょ、となりがちだが、共有理論的な考えから(あくまで私見)は1個1個を共有していると考えられる。
そうすると(この文言は使っちゃいけないそうです(笑))、しかし、そうなると(やっぱりこれがしっくりきますけど(笑))各共有者が全部を引き渡せと言えるはずである。この全部というのは1個全部という意味であって1個を半分にして引き渡せという意味ではない。しかし、その1個が複数個ある場合はどうなるか。
本問では寄託契約書があり、「それぞれ寄託した物の数量の割合に応じ,寄託物の共有持分権を有する」と規定されている。
そもそも論としてなぜ共有持分などというしちめんどくさい事をするのかと言えばそれは試験問題だからだろう(笑)
いや、共有にするメリットがあるはずである。
保管されているものが全て同じで区別がつかないため、共有ではない場合は誰のモノがどれかきちんと区別できるようにしておくべきだろう。しかし、本問のように共有として割合に応じた持ち分としておけば引き渡す場合にいちいちどれが誰の分か確認しなくても済む、のかもしれない。
しかし、仮にFがまず500個を搬出した場合、残りは1500個となる。残り1500個についての共有関係はどう解釈すればいいのか?
確かに採点実感が言うように1000個残っているうちの半分取り分あるっしょ的な考えを適用すると、この場合、Gは750個しか引き渡せと言えなくなってしまう。寄託した物の数量の割合に応じてしまうとそうなってしまうのだが、それではおかしい結論となる。
従って、この寄託契約自体がおかしいことになる。これは出題の趣旨にも「契約条項をそのままの形で適用するのでは解決が困難である問題」として指摘されている。
この事に気付かず、契約書に沿った解決方法を目指そうとしてしまうと、なんとも変な論述になってしまうのだろう。
これは私がまず出題の趣旨から検討しているからそう言えるのであって、現場で問題にあたっていたらどうなっていたか(多分ちょっとしたパニックだったに違いない(笑))。
普通、問題の前提と言ってもいい契約書がおかしいとは普通思わないのではないか?
こういう場合は司法試験お決まりの弁護士と司法修習生の会話の中でさらっと指摘しておいてほしいものである。そういう意味でこの問題は悪問である(笑)
得るものは少なそうなので次いこう。
設問3
債務不履行における通常の損害と特別の損害
通常損害 通常の人ならだれでも予見できるようなものは、通常生ずべき損害
※当事者が予見しえたか否かにかかわりなく賠償責任を負う。
逆に言えば、契約のいきさつ、当事者の職業といった事実からだけでは一般に予見できない。債権者から知らさ
れなければ分かり得ないような事情による損害は特別の損害
特別の損害 当事者が知り、または知りうべき損害 基本法コンメンタール債権総論P59
自己の財産に対するのと同一の注意とは
無償寄託の場合は自己の財産におけると同一の注意義務であることは受験生なら誰でも知っているはずである。
しかし、その具体的内容というと、善管注意義務に比べ詳しく知っている人は少ないのではないか。そもそも、基本書などにも詳しく書かれていない。検索しても周知の事実のせいなのかヒットするのは宅建試験ばかりという始末。
民法で「自己の財産に対するのと同一の注意」と「善良な管理者の注意」というものがありますが、その違いが分かりません。どなたか教えて下さい!
これら2つを定義によって区別するのは困難です。「自己の財産にするのと同一の注意義務」という要件は、よっぽどのことがない限り(他人の物であるからぞんざいに扱った等)、注意義務違反を否定する要件です。
本問の場合、かなり微妙。無償寄託なので善管注意義務はないが、善管注意義務に準じるような法律構成も可能であるし、自己の財産と同一の注意義務を前提として注意義務違反とすることもできる。
なんとでも言えるな(笑)
本年の問題事案を長く書いている割には意外に論点の掘り下げ浅いと言わざるを得ない(笑)
なんとでもお茶を濁せそうな論述ができそうである。
※できそうと思うだけで実際現場で書くのは違うのだよ
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