改めて復習していたら自白関連について根本的に間違えまくって理解していた事が判明(笑)
平成21年
設問1
被告が主張責任を負う事実である建物買取請求権の行使の事実を原告が主張しているという本問の問題状況を理解
一方当事者が主張責任を負う主要事実を,その当事者が主張せず,かえって相手方当事者が主張した場合において,その主張を判決の基礎とすることができるかどうか当事者の証明を経ないで判決の基礎とすることができるかどうか
いわゆる「相手方の援用しない自己に不利益な事実の陳述」という周知の論点に関するものである し、しらん(笑)
建物買取請求権の行使の訴訟法的な意義,弁論主義(いわゆる第1テーゼ及び主張共通の原則)との関係,当事者間に争いのある事実の要証性,自白された事実について証明を要しないとする民事訴訟法第179条の趣旨
小問(1)
原告が被告による建物買取請求権行使の事実を主張し,被告がこれを否認する場合
小問(2)
被告がその事実を自ら援用した場合
自白の不要証効に照準を合わせつつ,自白の意義,自白(先行自白も含む )の成否等について検討する
小問(3)
裁判所が釈明を求めたにもかかわらず,被告が原告の主張する事実を争うことを明らかにしない場合
159条第1項は,主張責任を負う相手方の主張する事実について争うかどうかを明らかにしない場合を想定した規定であることから,主張責任を負う当事者が相手方の主張する事実について争うことを明らかにしない場合にそのまま適用できないことを理解する必要がある
設問2
小問(1)
訴えの利益が訴訟要件の一つであること,給付訴訟においては原則として訴えの利益が認められること,同一訴訟物について債務名義が存在する場合には訴えの利益が否定されることなどを前提
小問(2)
既判力の意義や積極的・消極的作用についての基本的な理解を踏まえ,一部認容判決の敗訴部分の既判力や留保付判決の留保部分に生じる効力
小問(3)
小問(1)の主張に対しては第1訴訟の確定判決で認容された部分と第2訴訟の請求を対比しつつ,新たに債務名義を得る利益があるという立場から議論をする
小問(2)の主張に対しては既判力の基準時前の事由を前訴において主張することが期待し得たかなどの観点から論じること
設問1
小問(3)
擬制自白に関する民事訴訟法第159条第1項がそのまま適用される場面ではない
同項の趣旨に照らして,証拠調べを要することなく判決の基礎とすることができるかを考察することが必要となるが,そもそも問題の所在に気が付いていない答案も少なくなかった
設問2の小問(2)では,「少なくとも建物収去を求める部分については」との出題趣旨について注意深く検討することなく,既判力の一般論から結論を導き出している答案がほとんどであった
建物買取請求権を権利抗弁であるとしながら,小問によっては,事実の主張であるとの立場に立って自白の成否を論じているものが少なくなかった。これは,権利抗弁についての基本的な理解が不十分
まず、この問題まったく分からないと言っていい(笑)
また、出題の趣旨や採点実感も大した事は書いていない。年によってえらいちがいだ。
参考答案
答案構成
出題の趣旨などを読むと余計混乱するが、設問に素直に答えよう。
「証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることができるかどうか」ということなので要するに自白が成立するのかということが聞かれていることになる。
自白が成立するかという話と証拠調べが不要かという話は被る部分もあるものの基本的には別の話である
まず、答案構成を見てみる
原則的には
Yが否認すれば勿論証拠調べが必要で
Yが援用すれば自白成立、証拠調べ不要
Yが争わない、擬制自白成立、証拠調べ不要
だが、本問は本来Yが主張すべき事実をXが主張している。
以下にみるように、Yが援用しても本来自白とは言えないのではないかという問題がある。もっともいずれにしろ証拠調べ不要となるので結論的には変わらないが。
その対象となる主張は「YはXに対して本件建物を時価である500万円で買い取るべきことを請求した」というXの主張。
この主張に対してYの自白が成立するか。
自己に有利な相手方の主張を援用するとどうなるのか
「相手方の援用しない自己に不利益な事実の陳述」を言い換えると、「自己に有利な相手方の陳述の否認」となる。
また、自己に不利益な事実を陳述した場合に相手方が援用したとしても、それはそれで問題はありそうである。
しかし、よくよく考えると、この論点はそれを判決の基礎とできるのだろうか?という観点から問われているものであり、その根底にあるのは自分自身で不利なこと言っている場合でもいいんですかね?ということのようである。
普通に考えると弁論に現れていればいいんじゃね?
となりそうであり、ざっくり言うとそれで良さそうである(笑)
自白とは何か
自己に不利益な事実
不利益な事実とは相手方が証明責任を負う事実
自白の定義に従えば自己に有利な事実の援用は自白にならないが
建物買取請求権は行使すると売買契約が成立する
建物買取請求権を請求したという事実は本来請求したY本人が証明責任を負う。
従ってこの主張に対してはYの自白は成立しないことになる。
が、YがXの主張を援用する場合は先行自白が成立?
ここらへん人によって言う事が違うようだ。
定義に従えば自白は成立しないが、自白が成立しなくてもお互いの主張が一致しているということは争いのない事実ということでもある。
基本的にはこんな感じか。これに肉付けしていけばよい。
証明責任を負う事実とは
ここで少し腑に落ちない点を検討してみたい。
Xが主張しているのは、要するにYの言っていた事である。あくまでYの言っていた事を主張しているだけであり、Xが建物買取請求権を主張しているわけでも(Xにはそんなものないが)Yの建物買取請求権を認諾しますと言っているわけでもない。
主張しているある事実の証明責任は勿論その事実を主張している側にある。
従って、その事実に対して相手方が援用するのであればそれに対しては自白が成立したことになる。
その自白は主張している事実があった、或いはそういう事実に間違いないという前提で裁判が進んでいくという事である。
建物買取請求権の場合は、それを行使すると売買契約が成立するものとされているが、Yがそれを行使したという事実をXが主張している。
仮にYが建物香取請求権を行使した、という事実を主張してXが援用すればそれはXの自白になる。
本問の場合は、Yの請求権行使をXが主張しているので形式的にはXに自白が成立していることになるが、問題はYに自白が成立するかである。
そして、Yの自白の対象はあくまでYの発言であり、建物買取請求権の行使という(行使して売買契約が成立)事実ではないとも捉えられる。
そうすると、Yの自白は成立しているとも考えられる。
こう解したとしても、建物買取請求権行使には要件があるため、請求権を行使したとしてもその要件を改めて審理で明らかにする必要があるからである。審理の結果建物買取請求権を行使したという事実は自白によって認められたとしても、要件を満たしておらず結果として建物買取請求権は成立していない事もあり得る。
恐らく、ここまで書いてしまうと曲解していると受け取られかねないので書かないほうが無難だな(笑)
相手方の援用しない自己に不利益な事実の陳述は自白と関係ないのでは問題
平成9年判決
百選にものっている有名な判例のようだが、百選は一度も見たことが無い。。。。
「Eが本件土地を賃借し、本件建物を建築したとの事実がその請求原因の一部となり、この
事実については上告人が主張立証責任を負担する。
本件においては、上告人がこの事実を主張せず、かえって被上告人らがこの事実を主張し、上告人はこれを争った
のであるが、
原審としては、被上告人らのこの主張に基づいて右事実を確定した以上は、上告人がこれを自己の利益に援用しなかったとしても、適切に釈明権を行使するなどした上でこの事実をしんしゃくし、上告人の請求の一部を認容すべきであるかどうかについて審理判断すべきものと解する」
この事案は、原告の主張していない「原告に有利な事実」を被告が主張していて、さらに原告はその事実を争っているというなんとも滑稽な話である。
従って、自白は成立していない。しかし、その争っている事実を裁判所が認めている。
そうすると、本来その事実を前提として裁判をすすめるべきところを原告の訴えをすべて棄却しているのはおかしいでしょ、という事のようだ。多分棄却した理由とかに自白云々の話があるのかもしれない。
実に単純な話なのだが、法律論的にはややこしくて、すぐには何が問題で何が言いたいのか、よく理解できない。
ここらへんが試験委員の言う法的センスだろうか。(すいませんセンスなくて(笑))
本来は相手が主張、立証責任を負うような事実を自ら不利益になるのに主張しちゃってますけど、それってどうなるの問題と言えようか。
これを業界では「相手方の援用しない自己に不利益な事実の陳述」と言うらしい(笑)
ここでようやく腑に落ちる。相手がそもそも証明責任を負う事実をなぜ認められるのかという話で、かつ争っているのになおさら認められるのか。
とは言え、結局その相手にとって有利なことなので自白成立でいいんじゃね、という事かもしれない。そうだ、そうに違いない。
これって自白とか関係ないのでは?と思っていたので、もし出題趣旨などを読んでいなかったら結構ヤバいですね(笑)
要するに問題の本質が分かっていないということでしょうか。
勿論自白の意義が分かっているうえで自白とは関係ないという論述も書けますし、そうしないとだめでしょうが。
そして、ここでまた気づく。
問題は「証拠調べをすることなく,判決の基礎とすることができるかどうかについて論じなさい」であり、自白が成立するかしないかではない。。。
自白が成立すれば証拠調べは不要であることに間違いはないが。
自白が成立しなくても、証拠調べの結果判決の基礎することは勿論できる。このあたりボヤ―っと自白が成立するかしないかだけの観点からみていたので自白成立しなかったら判決の基礎とはできないと考えてしまっていたようだ(笑)
いずれにしても自白が成立するかしないかはキモなのであながち間違ってはいないが。
そりゃあ、判例も自白となにが関係あるのかよく分からないはずである。
いずれにしろ、YがXの主張を援用する場合に自白が成立しなければ、証拠調べをしたうえで判決の基礎としなければならない。※必ずしも自白が成立しなくても証拠調べ不要な場合がある。
判例の事案はどうか。証拠調べをしたうえでの結果なのか、自白が成立したとみたのか。やはり自白は関係あるのか。
いや、どうやら主張共通の原則と関係あるらしい。判例講義民事訴訟法P154
そして、自白が成立しなければ証拠調べをしたうえで判決の基礎としなければならないとしたが、この点争いがあるらしい(笑) ※いずれにしろ必ずしも自白の成立が必要なわけではない。
「相手方の援用しない自己に不利益な陳述であっても裁判所はこれを判決の基礎として斟酌すべきとして、裁判所は証拠調べによって当該陳述にかかる事実の真否を認定しなければならないのか。この点ついて本判決は何も言っていない。」同P154
とはいえ、そもそも争っているのだから自白はやはり成立していないわけで、争いのある事実についてはやはり証拠調べによって認定しなければならないだろう。もっとも、証拠についても証拠共通の原則がある。
この場合の証拠調べというのは当該主張事実についてのことだろう。要証事実とまったく関係ない証拠から事実認定ってできるのか。。。
主張共通の原則の適用例
主張共通の原則の適用例 例えば、売主が、2020年4月1日に締結された不動産売買契約に基づく代金支払請求権を主張して、買主に対して2030年6月に代金支払請求の訴えを提起した場合に、買主が、「代金債権は、民法166条1項2号の規定により時効消滅した」と裁判所が判断することを望むのであれば、同号の「権利を行使することができる時」に該当する事実(訴求債権の行使が可能になったのが2020年4月1日であること)は、抗弁事実の一部として、被告(買主)が主張するのが本来である。しかし。被告がその事実を主張しなくても、原告(売主)が請求原因の中でその事実を主張しているので、裁判所はその事実を顧慮して訴求債権の時効消滅を認めることができる([司法研修所*2016a]25頁参照)
そうすると、仮に相手方が援用せず争っていたとしても(当事者間に争いのない事実、ではない)、判決の基礎とすることができることになる。もっとも基礎とすることができるのであって、必ず基礎としなければならないわけではない。
従って、証拠調べも必ず必要とは言えない、か。※
出題の趣旨にも自白を中心として書かれているので、自白が主題かと思わせて、実際は自白ではなく主張共通の原則がキモである。
要するに自白が成立するかしないかのように見せて、自白の論点ではないということを自白の趣旨などから論述させたいのだろう。そうだろう、絶対にそうだ。
そもそも、弁論主義の各テーゼさえまともに理解していないことが露呈してしまった。。。
ここで気になるのは参考答案である。
1 Yが否認したとき
本件では、Yが本件主張事実を否認しているため、本件主張事実につきXの主張とYの主張との一致がない。ゆえに、本件主張事実につき裁判上の自白は成立せず、同事実の認本件では、Yが本件主張事実を否認しているため、本件主張事実につきXの主張とYの主張との一致がない。ゆえに、本件主張事実につき裁判上の自白は成立せず、同事実の認定は原則通り証拠に基づかなければならない。
この点、「裁判上の自白とは、口頭弁論期日又は弁論準備手続における、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実に関する陳述をいう」と、定義もちゃんと書かれているのだが、まさに「自己に不利益な事実」とは言えないのではないかが問われている。もっとも、自白は成立しないことに変わりはないが。
また、平成9年判決では争いがあるものの判決の基礎とされている。もっとも証拠調べに基づかなければいけないかどうかは考え方次第だが先行自白が成立するとすれば証拠調べは不要となる。
結局この問題、自白はすべて成立しないが関係なく、証拠調べを要するかどうかは考え方次第となるように思える。
しかし、主張共通の原則はあるとしても、証明責任の問題がある。
自分に有利な事実を相手方が主張したとして、それを援用しなくても判決の基礎とできるという意味はそれが真実だとして扱う意味ではないだろう。
それが弁論の場に顕出したとして扱う意味だと思われる。そうでなければ立証しなくてよい=すなわち自白が成立したとしてみてよいことになる。
この点平成9年判決の論点が主張共通の原則の話だとするとで、自白自体は成立していないはずであるが成立したかどうかは分からない。※判決文にも自白が成立したとは書いていない。
弁論主義第二テーゼによれば当事者に争いのない事実は判決の基礎としなければならないとし、審判排除効があるという。
ここで、争いのない事実をいわゆる自白に限るのであれば本問のような場合は自白にあたらず第二テーゼも当てはまらないことになるが、自白に限らないのであれば第二テーゼから、援用した場合は証拠調べ不要となる。
つまり、自白が成立しなくても争いがなければ審判排除効から証拠調べ不要で判決の基礎としなければならないことになる。
事実を争うことを明らかにしない場合に159条①の擬制自白となる。
159①は主張責任を負う相手方の主張する事実が対象であると出題の趣旨にあることから、恐らくこれは一般的な自白が対象だという意味だと思う。従って争う事を明らかにしない場合であっても擬制自白は成立しない。
よって、自白の定義に従えばすべて自白は成立しないことになりそうだが、援用した場合は先行自白が成立する。
自白が成立するとなれば証拠調べは基本的に不要となる。
主張共通の原則
主張責任、証明責任
自白の定義、趣旨
第二テーゼ
ここで再び気付く、出題の趣旨では第一テーゼが取り上げられている。
弁論主義の各テーゼは何を言っているのか
弁論主義第一テーゼ 主張責任、主張共通
第一テーゼは主張責任に関するものと説明がされるがこれも短答常連落ちには分かりにくい。
そもそも主張責任とは主張しなかった結果に現れるものである。
要するに当事者が主張していないものを勝手に裁判所が斟酌できないということである。
本問で言えば相手方が証明責任を負う自己に不利益な事実を主張した場合にどうなるのか、ということである。
主張責任というと一気に分からなくなるが、第一テーゼは当事者が主張していない事実を判決の基礎とできないということを言っているのであり、逆に言えば主張していれば判決の基礎とすることはできる。
この場合に自分が有利とか相手に有利だとかは一切関係ないから、ここから主張共通の原則も導き出すことが可能である。
判決の基礎とできるということと、真否は別問題
判決の基礎とできるということは、主張されていなければいけないということであり、主張されていないものはなきものとして扱わなければいけないということである。従って主張されていなければ証拠調べも当然できない。
証拠を調べをしたうえでその事実がなかったとか、あるいは間違っていた、などの心証を裁判官が得る、あるいは得られないわけで、判決の基礎としたからといって、主張事実の真否がそれで決まるわけではない。
その点、争いのある事実や争いのない事実についてのテーゼがあると言える。
第二テーゼ 争いのない事実については証拠調べ不要
当事者間に争いのない事実はそのまま判決の基礎としなければならないという意味は、結局その事実については審理証拠調べを行わないという事を意味する。従って証拠調べをせずに判決の基礎とする。
この場合の判決の基礎とするという意味は文字通り、その事実があったとかなかったとか、そのまま基礎として裁判をすすめるという事であり、結果として当事者に有利にも不利にも働くことがあり得る。
そうすると、一般的な自白の定義に限定されないということでもある。
また、他の証拠などから異なる事実認定も行えない。
第三テーゼ 職権証拠調べの禁止
正確には当事者間に争いのある事実を証拠によって認定する場合は当事者の申し出た証拠によらなければならない、とされる。
設問2
さっぱり分からない。。。
参考答案を早速よむ。ふむふむ。
出題趣旨をよむ。
主張と反論の形にする必要があるのが逆にややこしく感じるが、小問の設定ではYの主張している論拠を書けばいいので、仮にその論拠が正しくなくてもよい、ということだろう。
そして、出題の趣旨にもあるように、第一訴訟では一部認容になっているので、負けた部分の既判力がどうなるのか。
既判力とは
参考答案を比較してみると
Xの立場から訴えの利益をみた場合 訴えの利益
建物退去と建物収去はべつものだから訴えの利益があるととらえている。
既判力について
要するに手続き的保障が前訴では十分ではなかったから後訴で主張できる、と考えているようだ。
ということで、一部認容判決においての敗訴部分の論点はスルーされていた。とは言え、理解していないのでこの部分についても確認せねばなるまい。
既判力と訴えの利益
ここで、ふと思う。既判力はあるけど訴えの利益がないとかあるのかな、あるとしたらどうなるのかしら?
既判力との関係
訴えの利益と既判力の作用を混同しやすい場面があります。
まず、前訴で敗訴した者が、後訴を提起した場合、後訴裁判所は、前訴判決の基準時前の主張を排斥し(消極的作用)、基準時後の事情を審理して本案判決をすることになります(積極的作用)。
他方、前訴で勝訴した者が、後訴を提起した場合はどうなるでしょうか。この場合、既判力の作用の前に、訴えの利益が問題となってきます。上記の⑤の場面です。すなわち、勝訴者は勝訴判決を受けている以上、原則として訴えの利益を欠くため、不適法却下となるわけです。
なるほど、訴えの利益は訴訟要件であり、既判力はそれを前提にして審理を行う。
従って既判力はあるけど訴えの利益がない、という場合も当然あるし、その場合は却下される。
第一訴訟の請求は
建物を収去して
土地を明け渡せ
判決は
建物を退去して
土地を明け渡せ
である。
そうすると建物収去、する必要はないという部分にも既判力が生じているのではないか?とも考えられる。
出題の趣旨からはこの点についても検討する必要があると読める。
請求が棄却された場合でも既判力は生ずるからそれを検討せよということだろう。
しかし、建物収去や建物退去の部分自体に既判力がそもそも及ばないのではないか。
この点、
①建物収去や建物退去を主文に包含するものとして既判力が及ぶ、という考え方と
②訴訟物は土地明け渡し請求権1個だと考え既判力が及ばない、という考え方がある。
①はYの論拠
②はXの反論として考えられる。
一般的な感覚では、建物の収去を請求する、或いは建物から退去を請求する、という請求権があってそれを提訴する、ということもあり得そうである。
建物を取り壊して更地にする。
建物から退去する。
これらはまったく別個の行為である。しかし、本問は土地を明け渡せ、言い換えるとその土地から出て行けと言っている。
それが目的と言っていい。これは所有権に基づいている。
建物を取り壊すかどうかはまったく別の話で、例えばある土地にゴミを不法投棄された土地の所有者が、ゴミの撤去を求める場合は所有権に基づく妨害排除請求が考えられるが、自分が撤去する代わりにその撤去費用をよこせという請求もあり得るだろう。
とは言え、この理屈だと訴訟が延々と繰り返されてしまうのではないか。裁判の判決の効力、効果というのは一体何について、そしてどのような効果があるのか。
一定の範囲でもう打ち止めにする、あるいは一旦決まった事を前提にして今後の話をすすめるようにする必要がある。
これが既判力と呼ばれるものである。
既判力は主文に包含するものに限ると規定されている。114条
そもそも主文とは何か。
「主文」とは、判決文の冒頭に掲げる結論
主文だけ見てもどのような権利、法的性質に基づくのかは分からないから、判決理由も検討しなければならない。
法的な権利、性質の確定に必要な範囲が主文に包含するものといえる。
実体法上の権利によって、既判力の及ぶ範囲を決定することになるわけで、これが旧訴訟物理論である。
実体法上の個別具体的な請求権
以下のものは既判力は関係なく、訴訟物が同一か否かが重要である。
二重起訴の禁止
訴えの変更
判決事項
旧訴訟物理論によれば第一訴訟の既判力は当該土地の所有権がXにあるという事に及び、建物退去自体には既判力は及んでいないと言えるので、後訴でそれを主張してもよさそうである。
しかし、第二訴訟の訴訟物は所有権に基づく土地の明け渡し請求であり、第一訴訟と変わらない。
そして、第一訴訟では明け渡し自体は認められているから(債務名義を得ている)、第二訴訟では訴えの利益が認められないのが原則となる。
退去か収去かは執行方法の違いにすぎないとすれば、その点につき訴えの利益があろうがなかろうが結論に変わりはない。
そうすると、Xの反論としては訴えの利益があることを主張しなければならないことになり、確かに参考答案のような構成になる。
第二訴訟でXに訴えの利益があるとしても、賃貸借契約が既に解除されていた旨の主張は既判力により遮断されるのが原則である。
そこで、手続き的保障がなされておらず遮断されないとの理由付けをすることになる。
平成22年
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