出題の趣旨
①甲が,自己のDに対する債務を担保するため,本件土地に,A社定款で必要とされている社員総会の承認決議を経ないまま,被担保債権をDの甲に対する債権とする抵当権を設定し,抵当権設定登記を行った
※Dの甲に対する債権を被担保債権とする抵当権
②甲が,抵当権設定行為に対する社員総会の承認決議が存在しないにもかかわらず,A社社員総会において,抵当権設定行為に対する承認決議が行われた旨記載された社員総会議事録と題する文書を作成し,Dに交付した
③甲が,乙の勧めに応じて,売却代金を自己の用途に費消する目的で,本件土地をEに売却した
(1) 抵当権設定行為についての甲の罪責
甲は,
「A社の委託に基づき業務上本件土地を占有する者」 と同時に
「A社の委託に基づきA社の財産上の事務を処理する者」
に該当する
業務上横領罪を検討すべきか背任罪を検討すべきかが問題となる
横領罪の保護法益を「物(個別財産)の所有権及び委託信任関係」,背任罪の保護法益を「全体財産及び委託信任関係」と捉え,両罪の保護法益に重なり合いを認め,法益侵害が一つであることから,両罪の関係は法条競合であり,重い横領罪が成立すると考える見解
抵当権設定行為が横領行為に該当するか否かについて判例は,一貫して横領罪の成立を認めている
同罪の既遂時期についても言及すべき
(2) 社員総会議事録作成行為等についての甲の罪責
本問で特に問題となるのは,偽造に当たるか否かという点
偽造の定義を前提に,社員総会議事録と題する文書の作成名義人及び作成者について論述していく必要がある
最決昭和45年9月4日刑集24巻10号1319頁
判例の考え方に従えば,本問における作成名義人は社員総会
最決平成15年10月6日刑集57巻9号987頁
作成名義人を社員総会議事録作成権限が付与された甲と考えることも可能
有印私文書偽造,同行使罪が成立するのか,無印私文書偽造,同行使罪が成立するのか
(3) 売却行為についての甲の罪責
A社に対する関係で成立する犯罪と,Dに対する関係で成立する犯罪とを区別して検討
横領物に対する横領が認められるか否か
最判平成15年4月23日刑集57巻4号467頁
横領物の横領は不可罰的事後行為であるとしてきた従来の判例を変更し,横領物の横領を認めたものと理解できる
抵当権設定行為について背任罪の成立を認めた場合,売却行為について,背任罪が成立するのか業務上横領罪が成立するのかは,抵当権設定行為について背任罪の成立を認めた理由によって異なることとなる
Dに対する関係で成立する犯罪としては,背任罪を検討するべき
甲が他人のために事務を処理する者に当たるか否か
最判昭和31年12月7日刑集10巻12号1592頁及び最決平成15年3月18日刑集57巻3号356頁
(4) 甲に成立する犯罪の罪数処理
甲について,2個の業務上横領罪の成立を認めた場合の罪数処理については,上記平成15年4月23日最判がこの点に関する判断を示していない
(5) 売却行為についての乙の罪責
共同正犯が成立するか,あるいは教唆犯,幇助犯が成立するにとどまるのか検討する必要がある
乙は,実行行為自体を行っていないため,いわゆる共謀共同正犯の成否が問題
①乙は,甲がA社に無断で本件土地に抵当権を設定してDから1億円を借りているという事実を認識した上で,甲に本件土地の売却を勧め,甲もこれを了承している
②乙は,甲の売却行為を利用して仲介手数料という利益を得ることを,甲は,乙の売買仲介行為を利用して売却利益を得ることを,それぞれ企図していることなど
正犯性に関して言えば,
①乙は仲介手数料という利益を得ることを企図して売却行為に関わっていること,
②乙は現実に売却行為により1300万円の利益を得ていること,
③乙は売却行為の仲介という重要な行為を行っていること,
④甲の犯意は乙が誘発したものであることなど
業務上横領罪及び背任罪はいずれも身分犯であることから,身分犯に非身分者が加功した場合の処理
最判昭和32年11月19日刑集11巻12号3073頁
採点の実感
特筆すべきものなし
とは言え、参考答案の記事には本年の刑法のできはあまり良くなかったらしい。
参考答案
この中で出題の趣旨でも紹介されている平成15年判決についての記述がある。
横領物に対する横領は成立するのか判例
出題の趣旨をみるとはっきりとこの判例は「横領物の横領を認めたものと理解できる」とあるが、個人的にはミスリードだと思う。判決文を読むと、単に前の横領と後の横領どっちを起訴しようがそれは検察官の勝手でしょと言っているだけで、横領物に対して横領が成立して併合罪になるとか包括一罪になるとか、そういう話ではない。
確かに横領したものであってもそれを横領できるというのは形式的にそうなるだけであって、しかしながら後の横領行為は不可罰的事後行為で不可罰にする。不可罰的事後行為は本来そういう意味であって、不可罰的事後行為だから犯罪自体が成立していなかったわけではない。
横領物に対しての横領を認めても、不可罰的事後行為としてこれまでは不可罰にしてきていたのを今回は不可罰にしなかったのは前の横領について問議されていないからだけではないだろうか。
なぜ抵当権設定行為は横領になるのか
不法領得の意思と経済的用法
窃盗と横領の不法領得の意思
他人の為に事務を処理する者とは
最決平成15年3月18日刑集57巻3号356頁
株式を目的とする質権の設定者は,株券を質権者に交付した後であっても,融資金の返済があるまでは,当該株式の担保価値を保全すべき任務を負い,これには,除権判決を得て当該株券を失効させてはならないという不作為を内容とする任務も当然含まれる。そして,この担保価値保全の任務は,他人である質権者のために負うものと解される
有印私文書偽造が成立するのか,無印私文書偽造が成立するのか
※理事会決議録に理事録署名人Aと記載し、その名下に被告人Aの印を押したものについて
理事会議事録署名人作成名義の文書を偽造したものではない。
同理事会を代表するものと誤信させるに足りる理事録署名人という資格を冒用して、同理事会名義の文書を偽造したもの
右のような、いわゆる代表名義を冒用して本人名義の文書を偽造した場合は、当該本人の印章もしくは署名が使用されていなければならない
一般に代理名義冒用の場合は本人名義を偽造するものと考えられているが、この判例もその一つの根拠のようである。
しかし、この判例は当該文書の名義人が誰になるのかの判断基準を示しているだけだと思われる。勿論、それが法的効果が帰属するという観点という部分もあるだろうが、代理だからすなわち本人名義を偽るとはならないと思われる。
署名押印は文書の名義人のものでなければならない
※追記
文書に署名や押印があってもそれが当該文書の名義人である本人の署名や押印でなければ159条1項に問議できず、159条3項にあたるということをこの判例は言っているようである。
単に署名や押印をしただけでは有印私文書偽造にあたらない場合があり、また、署名や押印があっても無印にあたる場合があることになる。
有印にあたる場合はその文書の名義人を特定する必要がある。
代理名義の文書の名義人は本人である、ということで、本人名義の署名、押印がなければ無印に問議される。
従って、実際に表示されている名義、名称ではなく、結局その文書全体から作成名義人を判断することになる。
そもそも刑法に言う偽造とはどんな行為を言うのか。
偽造とはどんな行為を言うのか
「有形偽造とは名義人以外の者が名義を冒用して文書を作成する行為をいい、無形偽造は、名義人が内容虚偽の文書を作成する行為をいう。」条解刑法P386
冒用とは
(主に法律)名義の権利者の同意を得ないで、その名称等を使用すること。主に、他人の名を騙って法律行為を行ったり、文書を偽造したりする場合と著名な意匠などを無断で用いる場合(著名表示冒用行為)の用語。
名義を偽るというより、名義人の名前を騙って文書を勝手に作成してしまう事と言えるだろう。
このときの名義人というのは文書に表示された名義ではなく、文書全体から判断しなければならない。
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