出題の趣旨
Aを車のトランク内に閉じ込め,車ごと燃やして殺害しようとの計画の下
自らAを自己所有車B(以下「B車」という。)のトランク内に閉じ込めた上,
その事情を秘して配下組員の乙に指示してB車に放火させた
その前にAがトランク内で死亡していた
①甲がAを呼び出して自ら運転するB車の助手席に乗車させた上,Aに睡眠薬入りコーヒーを飲ませて昏睡させ,その手足をロープで緊縛してB車トランク内に閉じ込めた
②配下組員の乙に対し,それらの事情を秘したまま,ひとけのない山中の採石場の駐車場でB車を燃やしてくるよう指示してB車を引き渡し
③その指示を受けた乙が,上記採石場に向けてB車を運転中,Aの存在に気付き,甲のA殺害計画を察知したものの,自らのAへの恨みもあり,AをB車ごと燃やして殺害することを決意し,Aの口をガムテープで塞いでトランクを閉じ,再びB車を発進させて上記採石場に向かった
④Aは,同所に至る前に車酔いによりおう吐し,その吐しゃ物に気管を塞がれて窒息死した
⑤乙は,これに気付かず,周囲にひとけや建物はないが,B車に隣接して他人所有自動車3台が並列に駐車された上記採石場
の駐車場において,他車に火が燃え移ることはないだろうと考えながら,B車にガソリンをまいて火を放ち,B車を全焼させた
乙の罪責について
ア 殺人罪についての検討
本問で特に問題となるのは,構成要件の実現が早すぎた場合の実行の着手時期等をどのように考えるのか
最判平成16年3月22日刑集58巻3号187頁
①第1行為が第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったこと,
②第1行為に成功した場合,それ以降の犯罪計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められること,
③第1行為と第2行為との間が時間的場所的に近接していること
第1行為時(乙がAの口をガムテープで塞いでトランクを閉じてB車を走行させた行為)に殺人罪の実行着手が認められるかを検討することが必要
第1行為時に殺人罪の実行着手を認めた場合,更に因果関係や故意の存在についての言及も求められる
イ 監禁罪等についての検討
監禁致死罪の成否も問題となろう
監禁罪等と殺人既遂罪との関係
ウ 建造物等以外放火罪についての検討
①「放火」「焼損」の意義及び当てはめ
②B車への放火行為が所有者である甲の指示によるものであることから,刑法第110条第2項にいう「自己の所有に係る
とき」に該当するか否かの検討
本問において,公共の危険が発生したといえるかにつき,その意義や判断基準を明らかにした上で的確な当てはめを行うこと
第110条の公共の危険とは
108条及び第109条に規定する建造物等への延焼の危険のみに限られず,不特定又は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解するのが相当 最決平成15年4月14日刑集57巻4号445頁
更に公共の危険発生の認識の要否についての論述が求められる 最判昭和60年3月28日刑集39巻2号75頁
甲の罪責について
ア 殺人罪についての検討
甲についても,Aを死亡させた点につき,殺人罪の成否の検討
①甲を実行行為者とする殺人罪の成否の検討
間接正犯の成否
乙の道具性が失われると考える場合には,間接正犯における実行の着手時期いかんによって,予備か未遂かなど,甲の罪責に違いが出てくる
乙の道具性が失われないと考える場合には,因果関係や故意についても,的確な当てはめを行い,実行行為者として甲に成立する罪責を明らかにする
②乙との共犯関係の検討
甲と乙との共犯関係,すなわち片面的共同正犯の成否や間接正犯の意図で教唆の結果を生じさせた場合の擬律についての検討
イ 監禁罪等についての検討
意識を取り戻すまでは,監禁されているとの認識もなく,移動しようとの意思も生じていなかったことから,そのような場合の監禁罪の成否や成立時期が問題
監禁罪が成立すると考えた場合,乙にB車を引き渡した後も継続して監禁罪が成立するのかが問題(特に,乙がAの存在に
気付いた後が問題となろう。)
監禁致死罪の成否
甲に殺人既遂罪等の成立を認める場合には,これらと監禁罪等との関係
ウ 建造物等以外放火罪についての検討
乙に建造物等以外放火罪の成立が認められると考えた場合,甲にも同罪が成立するか否か,共謀共同正犯の成否の検討
甲は,前記採石場の駐車場にB車以外の他車両が駐車されていることさえ認識がなかった
間接正犯の実行行為者は道具ではない、道具が実行行為者ではない
間接正犯 実行の着手時期 故意ある道具
因果関係の錯誤
放火における公共の危険の発生 認識の要否
「Aは,B車のトランク内で意識を取り戻し,「助けてくれ。出してくれ。」などと叫び出した。
乙は,トランクを開けてみた。トランク内には,Aが手足をロープで縛られて横たわっており,「助けてくれ。出してくれ。」と言って乙に助けを求めてきた
この時点で,甲が自分に事情を告げずにB車を燃やすように仕向けてAを焼き殺すつもりだったのだと気付いた
Aをトランク内に閉じ込めたままB車を燃やし,Aを焼き殺すことを決意した。」
ということで、完全に道具性が失われている。
仮に甲の行為に実行の着手を認めると、道具である乙が事情を知ってしまった以降をどのように処理するか問題となる。
一般的には因果関係の錯誤となって因果関係が否定されて未遂となるだろう。
他方、道具である乙のほうに実行行為の着手を認める場合は、さらにいつ実行の着手になるのか問題となる。
出題の趣旨にもある判例からすれば事情を知った後の行為で実行の着手を認めることになる。
この場合も意図した死亡の結果とは早い段階で死亡しているので因果関係の錯誤ではあるが、想定の範囲内ということで因果関係は肯定されるだろう。
放火の時点で実行の着手を認めると実行の着手前に既に死亡していることになる。実行の着手前の死亡を因果関係の錯誤に含めるのか?
正直分からない。
いずれにしろ、間接正犯や因果関係論は争いが多く、深入りするよりも一般的な論証を論理的整合性をもって論述したほうがよい。