だまされたふり作戦で無罪にしてしまう裁判官のロジックとは

【特殊詐欺】「だまされたふり作戦」発動で「受け子」はなぜ無罪になったのか【追記】
リンク先が消失かもしれないので記事の最後に全文を引用しておきます。

裁判所の判断の要約としては

本件では、被害者が途中でだまされたことに気づいていますので、すでにその段階で詐欺行為が既遂にまで進展する危険性はなくなっており、本件の詐欺行為は終了しているのではないか、そしてさらに、共犯者は別の者が行った犯罪行為の危険性を高めたことについて処罰されるのに、Yは既遂に至る危険性のなくなったXの行為に関与しているのであるから、Yには処罰の理由そのものがなくなるのではないかというのが裁判所の問題提起です。

犯罪が既遂に達した後に加担した共犯者の罪責

つまり、言い換えると犯罪の途中でが終了した後に加担した共犯者に加担前の犯罪まで帰責できない、と言っているようです。だまされたふりをした以降は詐欺行為は既に終了しているのでそこから加担した者に詐欺罪を帰責させることはできないとしているようです。

犯罪の全体像を知っている場合は帰責性があると言えるのでは

ここで既にこの見解に疑問が湧く人が多いのではないでしょうか?果たして、この受け子役の人間はまったく事情を知らなかったのでしょうか?確かに途中から加担したのかもしれませんが、自分が特殊詐欺の受け子である事は知っているはずです。でなければそもそも論として罪には問われませんし。
そうすると、被害者がだまされたふりをした以降に加担したとしても、犯罪全体の細かい部分は知っていないとしても詐欺を行っていて自分はその片棒を担いでいる事は分かっているはずですから、犯罪が終了してしまったそれ以降の行為であるという点だけを捉えて無関係だなどとは言えないはずです。
ここである程度結論が出てしまいましたが、記事の内容が興味深いというか、学者先生が考えそうなロジックなのでちょっと分析しておきたいと思います。

犯罪の危険性を基準に共犯の罪責を考える視点

詐欺行為が既遂にまで進展する危険性はなくなっており
Yは既遂に至る危険性のなくなったXの行為に関与している
本件の中心的な論点はこの危険性をどう考えるのかという点

不能犯の共犯と既遂犯の共犯

この危険性をどう考えるかについて弾の入っていないピストルでの殺人未遂の事例があげられます。これは判決に対する反論としてだと思われます。
弾が入っていない場合でも殺人未遂が成立するなら、仮にたまたま通りかかった友人に手伝ってくれといって被害者を押さえつけてもらっていた場合、その友人は殺人未遂の共同正犯となるとしています。
この事案はだまされたふり作戦と同様、犯罪が既遂となることはありません。どちらの加担犯もそのような事情は知りません。
同じような事案なのだからだまされたふり作戦が無罪になるのはおかしいというような論調です(明確に記載されてはいませんが)。

危険性があるかないかが問題なのか?

そこで、この主張を吟味してみると、ピストルの事案で友人が殺人未遂の共同正犯になる、というのはあくまで主張であって判例ではありません。
だまされたふり作戦の判決のロジックをピストルの事案に当てはめれば逆に友人は無罪となるかもしれませんよね。

弾が入っていないピストルであっても危険性はあるとするなら犯罪が終了してしまった後でも危険性はあるとしてもいいというロジックになりますが、犯罪が終了していることと、犯罪が本来実現不能という事はまったく違います。
そもそも不能犯は実質的にはまったく危険性がないにもかかわらず犯罪として認定されているので、それを当てはめればだまされたふり作戦も有罪になりますよね。

同じ危険性を論点にしてしまうと本来危険性はないことに変わりないわけで、不能犯の場合で有罪にされる場合は争いがあるも危険性ありと考えるから有罪として認定されているので、そうすると結局だまされたふり作戦も有罪にするには危険性ありとしなければならない。
不能犯の事例のような場合であっても犯罪が終了したという事は観念できるはずで、そうすると犯罪が終了していると考えるなら不能犯であっても危険性がなくなりますね。
つまり、不能犯の場合でも有罪になるからだまされたふり作戦も有罪だ、としても論破されてしまいかねません。
何が言いたいかと言うと、危険性があるかないかを論点にしてしまうと、結局どう考えるか、どの立場に立つかによって変わってくるだけで仮に弁護士が主張しても簡単に退けられるだけなのではないか。
最高裁ではだまされたふり作戦以前の詐欺行為を含んだ全体で判断し有罪としている。
そもそも論として、詐欺だと知らないのだから詐欺の共犯として問議すらできないとすればいいところを敢えて犯罪終了後に加担しているから無罪としている点が技巧的すぎると言えるのではないか(要するに知らないと言っているけどどうせ知っているんでしょ、という事を前提としている)。
地裁のロジックだと詐欺だと知っていたとしても犯罪終了後だと危険性はないから無罪としたっていいことになる。
窃盗犯を逃がすために車を運転してやっても無罪になってしまうだろう。※窃盗犯は状態犯なので犯罪終了後も法益侵害状態が継続していると考えるため、危険性は残存しているとすると無罪にはならないが。

だまされたふり作戦で受け子はなぜ無罪になったのか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
まず、時系列にしたがって事実関係を整理します。

【事実の概要】
■平成27年2月下旬■ X(氏名不詳)は、被害者A(当時84歳)を「ロト6」に当選するなどと言葉たくみにだました。
■3月16日■ Xは、「ロト6」の当選に必要だとAに150万円を要求したところ、心配になったAは東京に住む息子に相談し、息子から詐欺だと言われた。
■3月21日■ Aは、警察署に行き、相談したところ、警察が詐欺であることを確認し、Aも自分がだまされていることを認識した。そして、警察はAに対して、「犯人を捕まえるために、だまされたふりをしてほしい」と依頼し、Aも承知した。
■3月24日午前10時半頃■ XがAに電話してきたので、Aはだまされたふりをして、「何とか120万円は用意できた」と告げたところ、Xは、送付先の住所、宛名は「Y」、品名は「本」として、現金を入れて宅配便で送るように伝えた。その後、Aは、箱に不要な本を詰め、現金は入れずに、午後0時半頃、近所のコンビニから発送した。
■3月25日午後1時頃■ 宅配便の配達員を装った警察官が、上記荷物をもって上記の住所に行き、出てきた被告人に「Yさんですか?」と聞いたところ、「そうだ」と答え、荷物を受け取ったので、Yは、詐欺未遂の現行犯として逮捕された。
【Yが「受け子」として荷物を受け取るに至った経緯】
Yは、本件以前にも、本件と同様に荷物を受取るだけで5000円から1万円の報酬を受け取ったことが3~4回あった。
XとYとの間に、事前に役割分担が決められていたわけではなく、一定のマニュアルのようなものもない。
YがXから本件荷物の受け取りを依頼されたのは、(「だまされたふり作戦」発動後の)3月24日であり、3月24日以前にXとYとの間で本件詐欺についての共謀があったという事実は認定できない。
■裁判所の判断(福岡地裁平成28年9月12日判決)
以上のような事実関係のもとで、裁判所は次のように判断しました。

Aが警察に相談した3月21日の段階で、Aはだまされたことに気づいたわけだから、これ以降はXの詐欺行為は客観的には既遂に至る危険性はなくなっている。
そして、XがYに荷物の受け取りを依頼したのは3月24日だから、Yはすでに危険性のなくなったXの詐欺行為に加担したのであり、その時にXとYが共謀しても(Yは依頼された仕事の内容から、受け取る荷物が詐欺の被害金かもしれないという程度の認識はあった)、荷物を受取るYは詐欺行為に加担したとはいえない。
裁判所はおおむねこのように考えて、Yを無罪としたのでした。

■解説
詐欺罪は、犯人がまずだます行為(欺もう行為)を行い、それによって被害者がだまされ(錯誤)、その錯誤にもとづいて自ら現金を渡すという行為(交付行為)を行い、現金が犯人の手元に渡るという経過をたどることが必要です。被害者がだまされた後で別の者が受け取り行為に関与しても、その者が被害者がだまされた状態を知りながら、それを利用して犯行に加わったならば、詐欺罪の共同正犯(あるいは幇助犯)の成立は肯定できるでしょう。

しかし、本件では、被害者が途中でだまされたことに気づいていますので、すでにその段階で詐欺行為が既遂にまで進展する危険性はなくなっており、本件の詐欺行為は終了しているのではないか、そしてさらに、共犯者は別の者が行った犯罪行為の危険性を高めたことについて処罰されるのに、Yは既遂に至る危険性のなくなったXの行為に関与しているのであるから、Yには処罰の理由そのものがなくなるのではないかというのが裁判所の問題提起です。

本件の中心的な論点はこの危険性をどう考えるのかという点にあります。

確かに、Aがだまされたことに気づいた段階でXらの犯罪計画は客観的には失敗したといえるでしょう。しかし、警察によって「だまされたふり作戦」が発動されたことは少数の関係者しか知らない事実ですから、Xはあくまでも詐欺が成功すると信じて被害金の受け取りをYに依頼し、Yもまた被害金を受け取るという意思のもとにXの犯行に関与しています。また、そのような状況を一般の人が見ても同じように詐欺によって現金が奪われるという危険性を感じたことでしょう。

たとえば、かなり前の事件ですが、警察官のピストルを奪って殺害に用いたところ、弾丸が空であったという事件がありました。このときは裁判所は、勤務中の警察官のピストルには通常は弾丸が入っているものだとして殺人未遂を認めています(福岡高裁昭和28年11月10日判決)。もしもこのときの被告人が、そのピストルの引き金を引くときになって、たまたま通りかかった友人に手伝ってくれといって被害者を押さえつけてもらっていた場合、その友人は殺人未遂の共同正犯となったでしょう。

さらに、次のような判例もあります。

被告人がフィリピンから日本に大麻を密輸入しようとしましたが、税関で発見されてしまいました。そこで、警察はこれに〈コントロールド・デリバリー〉(泳がせ捜査)を実施することとし、宅配業者が捜査当局と打ち合わせのうえ、この貨物を受け取って宛先の住所に配達したという事案で、禁制品輸入罪の未遂ではなく、既遂を認めています(最高裁平成9年10月30日決定)[注]。

ピストルの事案は最初から結果の不発生が決まっていたのに対して、本件は途中から結果の不発生が決まったという違いはありますが、本件でも客観的には詐欺が既遂に至ることはないという点では同じであり、XもYも(一般の人も)そのような事情を知らない以上、詐欺の危険性は継続していると判断すべきではないでしょうか。また、大麻密輸入の事案では、被告人と宅配業者との間の運送契約の有効性が前提になっていますが、コントロールド・デリバリーの実施で行為の危険性がなくなるのではなく、危険性は継続しているという評価がなされているのだと思います。その点では、本件も同じではないでしょうか。

なお、Yはわずかな報酬で受け子を引き受けたのであり、Xの詐欺計画に主体的に関与したとはいえないようですので、(詐欺未遂の)共同正犯ではなく、幇助犯となる可能性はあると思います。(了)

[注]関税法上の輸入とは、外国から本邦に到着した貨物を本邦に引き取ることを意味しますが、この事件のように保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に引き取ることをいいます。そして、最高裁では多数意見は既遂としましたが、遠藤裁判官のみが未遂とされたのでした。

【追記】

最高裁(第3小法廷)は、2017年12月11日に、被告人は本件詐欺を完成させる上で本件詐欺行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与したのであるから、だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず、被告人はその加功前の詐欺行為の点を含めた本件詐欺全体について詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うとして、被告人の上告を棄却しました。これで、懲役3年、執行猶予5年とした第二審判決(福岡高裁平成29年5月31日判決)が確定しました。

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