4630万円の誤振込事件で無罪主張、その理由は?

改めて誤振込問題を考えてみる。
そもそも、返還義務があるという事と、口座にあるお金を引き出したり、送金したりできるかどうかは別問題である。

元々口座にあったお金と誤送金されたお金の区別

仮に元々口座に100万円あったとして、誤振込された金額が100万円だったとする。この場合、誤振込されたことを気づきながら100万円を引き出す事は違法になるのか?

要するにお金というものは一たび人の手元に渡ると他の現金と区別するのは基本できない(厳密には区別できるが)。
誤振込されたら、元々口座にあるお金を引き出す場合であっても銀行に告知しなければ送金や引き出しができないというのも変な話である。
また、例えば残高数千万円で誤振込された金額数十万円だとしたら記帳するなどしなければ誤振込された事に気付かない場合も多いだろう。

引き出す権限があっても返還義務はある

平成8年4月26日に最高裁が、誤振込みされた金額については口座名義人に有効な預金債権(預金を引き出す権限)は成立しているが、民法上は法律的原因のない不当な利得(民法703条以下)であって返還義務があるとされる
誤振込みについては、銀行間で「組戻し(くみもどし)」という手続きが取られ、ミスを事後的に是正することができますが、この制度も、預金債権者の同意が必要で、銀行は勝手に行なうことはできない(最高裁平成12年3月9日)

これらを踏まえると基本的には口座に入っているお金を引き出したり送金したりする権限は口座名義人にあるという当たり前の事になりますが、それは誤振込されたお金であってもそうだということのようです。

誤配された小包と誤送金された口座にあるお金の違い

よくよく考えてみると、例えば誤配達された郵便物や小包は発送元からみると占有を離脱したものであり、所有権が移転しているわけではないですよね。
それを処分したりする権限はないわけですが、発送元に送り返したりすることもできないのかというとそれは問題なさそうな気がします。
普通は郵便局とか配達業者に連絡するでしょうし、そうしないで勝手に保管していると色々と面倒です。
例えばこの場合に発送元や配達した業者に告知しなければいけないという義務があるのか?というと明確な判例は見つけることができませんでしたが。
これを誤送金されたお金に当てはめると、引き出して手元に保管していてもよさそうな気がしますね。あるいは自分の別口座に送金するとか。
要は返還する為に保管しているという建前です(笑)
ギャンブルに使うために送金するのはやはりあり得ませんけど(笑)
確か、誤送金したから返還してくれと連絡があり、しかし、現金で返還してくれと言われて(謝礼をあげると言われ)親切にも現金で引き出して返しに行ったら振り込め詐欺の受け子と疑われて逮捕された事案があったらしいです。つまり、詐欺の被害者の送金先口座に使われていたんですね。気をつけなはれや(笑)

今、口座にあるお金の占有権は口座名義人にあるはず

とは言え、銀行の口座に入っているわけであり、口座の中のお金の占有権が誰にあるのかという問題があります。
そうすると、誤送金元の占有は離脱しているものの、あくまで誤送金ですから本来送金されるべき口座ではない口座に送金されているわけで、言わば送金途中(もしくは送金そのものをするつもりがない)であり、占有権は銀行にありそうな気もします。しかし、既に口座に着金しており、着金した後も誤送金だから銀行に占有権がまだあるというロジックも成り立たない事もないです。しかし、誤配と同様の状況なので占有を離脱した占有離脱物とみることもできます。

結局、口座から引き出すことあるいは別口座に送金する事自体が合法なのかという問題に堂々巡りするわけですが(笑)

遺失物横領罪の可能性

いずれにしろ、カジノ会社に送金した場合はこの考え方でも占有離脱物横領は成立しそうです。

電子計算機使用詐欺の虚偽情報とは

銀行窓口において誤送金されたお金を引き出す場合に詐欺が成立するのは一見論理的ですが、上記のようにどの部分が誤送金されたお金だと特定するのか疑問があります。
ATMから引き出す場合も上記の考え方らすると窃盗は難しい。
そこで電子計算機使用詐欺がでてくるわけですね。
電子計算機使用詐欺に規定されている「虚偽の情報」とは、「それが真実に反する情報をいい、金融実務における入金、振替入金(送金)等についていえば、入金などの処理の原因となる経済的、資本的実体を伴わないか、又はそれに付合しない情報」東京高判平5.6.29高集46-2-189 条解刑法P712
暗証番号が合っているから虚偽ではないという形式的なものだけではなく、実質的な部分まで総合考慮して虚偽かどうかを判断するようだ。

引き出す権限があっても返還義務もある

そうすると、仮に引き出し権限があるとしても、それが返還すべきお金である事が分かっていながら、返還するのではなく自己の為に利用する意図で引き出したり送金したりすれば、原因となる経済的実体を伴っていないからやはり電子計算機使用詐欺には該当しそうである。
誤配された小包を、メルカリで売却するために箱を開けたら実行の着手(笑)

返還義務のあるものを勝手に処分すること

預金債権が口座名義人にあるからといって、返還義務がなくなるわけではない。極論すれば誤送金された場合それを引き出すにせよ送金するにせよ返還しなければならないので保管しておく必要があるとも言える。
そうすると、今回のような場合は返還まで約束しているということは返還するまで保管しておくという委託信任関係が成立したとすることもやぶさかではない。
民事的に預金債権が成立しているので、自由に処分していいわけではない。仮に引き出してそれを使ってしまってもよいとしても、返還義務自体が否定されるものでもない。
勝手に処分することが刑法上の何らかの罪に問われるかどうかはまた別問題なので、預金債権が成立しているから刑法上無罪かと言えばそれはまた別問題である。

「罪の成立について争う」 4630万円の誤振込事件で無罪主張、その理由は?
阿武町による4630万円の誤振込に端を発した事件で電子計算機使用詐欺罪に問われた男性の裁判が始まった。オンラインカジノへの送金を認めるも、弁護側は「罪の成立について争う」と述べ、無罪を主張した。

無罪主張の理由は?
 今回のケースで電子計算機使用詐欺罪が成立するには、銀行の事務処理に使用されるコンピュータに「虚偽の情報」か「不正な指令」を与えたと言えなければならない。検察側は前者に当たるとみて起訴している。

 一方、弁護側は、損害賠償を済ませて阿武町と和解が成立しているからとか、町にも落ち度があったから無罪だと主張しているわけではない。男性には道義的責任があるが、コンピュータに「虚偽の情報」を与えたとは言えないから、犯罪の成立要件を充たしていないという。おおむね次のような理由を挙げている。

(1) 男性がオンラインカジノ側に送金した際に使用した暗証番号などは男性自身のもので、その入力に何ら誤りはなく、「虚偽の情報」ではなかった。

(2) たとえ阿武町からの4630万円が誤振込であっても、民事的にはその預金債権は男性に帰属していた。

(3) 男性には銀行に誤振込の事実を告知する義務などないし、男性は銀行もこれを知っていると考えており、告知を要するという発想すらなかった。

最高裁判例との整合性は?
 このうち(1)は形式面からの主張になるが、(2)と(3)は誤振込に関する最高裁の判例を意識したものだ。次のとおり、(2)は1996年の民事裁判、(3)は2003年の刑事裁判の判例との整合性が重要となる。

【1996年の判例】

・たとえ誤振込であっても、受取人は銀行に対し、その金額に相当する預金債権を取得する。

・振込依頼人は受取人に不当利得返還請求権を行使できるが、預金債権の譲渡を妨げる権利まではないから、受取人の債権者が預金債権を差し押さえた場合でも、これを許さないように裁判所に求めることはできない。

【2003年の判例】

・受取人は、自らの口座に誤振込があると知った場合、振込依頼前の状態に戻す「組戻し」のほか、入金処理や振込の過誤の有無を確認・照会する措置を講じさせるため、誤振込があったという事実を銀行に告知すべき信義則上の義務がある。

・社会生活上の条理からしても、受取人は誤振込分を振込依頼人等に返還しなければならず、最終的に自らのものとすべき実質的な権利などないから、告知義務があることは当然のこと。

・誤振込があると知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求し、その払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する。

 1996年の判例は、男性に預金債権が帰属していたという弁護側の(2)の主張を裏付けるものだ。一方、2003年の判例は、1996年の判例を前提とした上で、それでもなお受取人には詐欺罪が成立すると述べたものなので、弁護側としても、(3)のとおり今回のケースには適用されないといった主張をする必要がある。

 2003年の判例は銀行の窓口で銀行員を相手にして実行した詐欺事件に関するものであり、機械的な判断をするだけで「だまされる」という要素のないコンピュータ相手の電子計算機使用詐欺罪についてはこの判例の射程外だといったものだ。

検察側の主張は?
 以上に対し、検察側は、起訴状の中で「正当な権限」という実質的な判断を踏まえた言い回しを用いた上で、おおむね次のような構成で男性に電子計算機使用詐欺罪が成立すると主張している。

(a) 男性は4630万円が誤振込だと分かった上で、町から返金を求められて了承するなどしており、もはや正当な権限などなかった。

(b) にもかかわらず、男性は、正当な権限に基づいてオンラインカジノの決済代行業者名義の預金口座に送金を依頼するという「虚偽の情報」を銀行のコンピュータに与えた。

(c) その結果、この業者の預金残高を増加させて不実の電磁的記録を作り、オンラインカジノサービスを利用する地位を不法に得た。

 誤振込であっても銀行との関係では預金債権は成立するものの、1996年や2003年の判例からすると受取人が全く自由に使っていい性質のものではなく、町の返金請求を認めたあと、なお銀行に対してその債権を行使するのは著しく正義に反し、権利濫用に当たるので、男性には正当な権限がなかったという考え方だろう。

 このほか、弁護側の(1)の主張、すなわち入力した暗証番号などに誤りはなく、形式的には「虚偽の情報」ではなかったという点についても、検察側は最高裁の2006年の判例を踏まえて反論するものと思われる。

 他人のクレジットカードのカード番号や有効期限などの情報をオンライン上で入力、送信し、電子マネーを購入したとして電子計算機使用詐欺罪に問われた事件だ。弁護側は、そのカード番号などは真正なものだから、何ら「虚偽の情報」には当たらないと主張して争った。

 これに対し、一審、控訴審や最高裁は、カード番号などの形式的な不一致を「虚偽」か否かの判断基準とはせず、カードの名義人による購入申込みがないのに、そのカード番号などを入力、送信し、名義人本人が購入を申し込んだかのような情報を入力することを「虚偽」ととらえた上で、電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた。

 検察側は、今回のケースについても男性には正当な権限がなかったと主張しているわけだから、たとえ男性が入力した暗証番号などが正しいものであっても、なお「虚偽の情報」を与えたと評価することになる。

新判例になるか?
 今回のケースは、客観的な事実関係に争いがなく、実にシンプルな事案のようにも見える。しかし、最高裁の判例を踏まえると、法的には難しい事件であり、法曹実務家や刑法学者の間では無罪説も有力だ。

 検察が最高検まで了承し、自信をもって起訴した事件でも、法律の解釈や適用が問題となり、無罪となった例は多い。例えば、東京地検特捜部が旧薬事法違反で立件したディオバン事件も、一審、控訴審、上告審と3タテを喫し、無罪のまま確定している。事実関係については検察側の主張が認められたものの、旧薬事法が規制する誇大広告には当たらないという理由だった。

 検察は今回のケースについて新判例を作る意気込みだが、初公判の映像を見ると、一審は3人の裁判官による裁定合議ではなく、山口地裁の裁判官1人によって審理される模様だ。

 12月に検察側の求刑が行われ、来年2月には判決が言い渡される見込みとなっている。この裁判官がいかなる理屈に基づいて今回の事件をどのように判断するのか、まずは一審の行方が注目される。(了)

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