公示の衣説と即時取得説の誤解

抵当地上の樹木を伐採して搬出後売却されてしまったら返還請求できるのか問題

いつも見ているブログにこんな事が書かれていましたので備忘録。
抵当土地上の伐木の搬出というよくある教科書事例。
第三者に渡ってしまった伐木を抵当権者は取り返せるのか。取り返せるとしてもその理論的根拠はどうなんだと。
そこで公示の衣説だとか即時取得説だとか出てくるわけですが、当該ブログでは即時取得説で論証をするとしてその理由がこんな風に記載されていました。
引用ではなく当方での解釈です。

抵当権の効力は搬出された物にまで及ぶのか?

「「公示の衣説」は抵当権は分離された物に及ぶが第三者の手元に渡ってしまえば対抗できない
「公示の衣説」も、取引で買い受けた第三者には抵当権を対抗できないとしているが、背信的悪意者には対抗できる、としている。
そうするとと、対抗の可否は第三者の対抗要件具備で判断することになり、即時取得の場合と実際上の結論では変わらない」

そこで、公示の衣説と即時取得説を検索してみるとこんなものが目にとまります。

https://okwave.jp/qa/q7491405.html
「抵当権の設定を受けた建物(A所有)の従物(シャンデリア)が、AY間の売買により持ち出されてしまった場合、抵当権者XはYに抵当権に基づく返還請求ができるかという事案です。Yは建物の抵当権の設定の存在について知っています。詳しくは省かせてもらいます。私は被告側Yです。

民法370条の付加一体物の範囲について争い、次に、分離物に抵当権の効力が及ぶか、の話に移ります。

被告側としては、第三者への対抗力を否定する説に立ちたいと考えております。
(1)民法370条の文言上、抵当権目的物から分離されると付加一体物の要件を満たさなくなる
(2)分離されると抵当権の公示から出てしまい、抵当権が不動産に限定される意義(公示を厳格にする)からずれてしまうため、抵当権の対象となるべきでない
といった理由があります。

一方、原告側Xは即時取得説をとってくるであろうと思います。工場抵当権のことを持ち出してくると思うので、それは通常抵当権でも同じように解せないという反論を考えていますが、
即時取得説に関する反論がほかに思いつきません。何か参考になるようなことでもあれば、お願いします。」

これに対する解答

シャンデリアは抵当権の範囲に入らない

 と考えるべきではないでしょうか。

 まだ競売になっていないようなので、おめでとうございます、質問者さんの勝ちですよね
(^_^;\(^O^ )ペチッ!

 というのは、抵当権というのは、抵当権設定者の自由な使用収益に委ねる制度ですよね。それが大原則。

 となれば抵当権者は、当然電球が切れれば交換するし、昨今はシャンデリアのような物は電気の無駄遣いだと考えて外して捨ててしまうこともありうると考えるべきでしょう。

 そもそも抵当権を設定する時、例えば土地なら下の地盤状態の善し悪しなんてみないし、建物ならシャンデリアがあるから1000万円、なければ900万円なんて評価はしません。シャンデリアに気がつかない。

 火災保険の再建築価格の認定でも外側から見て、中に住宅があるかどうか聞くくらいなものですよ。

あくまで教科書問題として考える必要があり、上記のように解答してしまうと話が終わってしまいますね(笑)

抵当権の効力は分離物にも及ぶが搬出されるとどうなるか

公示の衣説にしろ即時取得説にしろ抵当権の効力は伐木に及んでいることが前提。
公示の衣説は搬出後は対抗関係で処理?
即時取得説は第三者が即時取得するまでは搬出後も効力が及ぶ
という感じだろうか。
ブログでは最終的には即時取得説をとったとされているが、その理由が上記のようになっている。
改めて読むと「公示の衣説」は抵当権は分離された物に及ぶが第三者の手元に渡ってしまえば対抗できないとある。
しかし、公示の衣説は確か当該抵当土地上にあれば分離されても(これが紛らわしいが)効力は及ぶものの、搬出されると対抗力が及ばず、ただ、背信的悪意者には対抗できる。抵当権に基づく搬出物の(抵当不動産への)返還請求(平成17年旧司法試験 民法設問2小問2)

搬出後対抗関係で処理するのが公示の衣説

確かにどちらも似たようなものなのでどっちでもよさそうだが、公示の衣説は誰かの手に渡ると対抗力がなくなるのではなく、搬出されると対抗力がないと考えるべきなのだろう(抵当権の効力はあるが対抗力がない(公示に包まれていないから))。このあたりかなり技巧的な印象が拭えない。これはあくまで我妻教授という民法の権威が言っているだけの話である。

※追記
公示の衣説は搬出後は対抗関係で処理 
この場合の対抗関係という意味を登記に言う対抗関係と同様だとすると、背信的悪意者に対しては登記がなくても真実の権利者であれば所有権が主張できる。この意味は要するに所有権自体がある事が前提になる。しかし、相手が登記を先に備えると負けてしまう。
これを公示の衣説に当てはめると、搬出後においても抵当権の効力は及んでいるとみるべきで相手が占有を取得すると対抗できない。しかし、相手が背信的悪意者の場合は抵当権の効力は主張できる。
一方即時取得説も結局抵当権の効力は搬出後も及んでいるとみるべきで、ただ相手が即時取得の要件を備えるともはや抵当権は主張できない。
従って、両者の違いは背信的悪意者に抵当権の効力が主張できるかできないかに帰着する。
公示の衣説は分離されても抵当権の設定されている場所にある限り抵当権の効力が及ぶというより、抵当権の対抗力があると言ったほうがよいが、いずれにしろ抵当権の効力はあるには違いない。
即時取得説は分離されても、搬出されても抵当権の効力は及んでいる。

そもそも論として、シャンデリアの件からも分かるように、これは抵当権の実行などの話ではなく抵当権侵害の話である。抵当権が侵害された場合に分離搬出されたものをもとに戻すことができるのか?という話である。一方返還させるのとは違って損害賠償請求ができるかという話もあり、損害賠償請求できるのは当然抵当権の効力が及んでいるからに他ならない。
仮に搬出後に抵当権の効力が及ばないとすると、例えば抵当権付き不動産を所有している債務者が伐木を搬出した後に、買い手を見つけて売却すると売却時点でそれに気づいた相手に対しては損害賠償も請求できないことになる。
そう考えると一番シンプルなのは即時取得説だろう。
相手が即時取得の要件を満たせばその人の物だが満たさなければ抵当権の効力が及んでいるのだから返還請求できるし、上記例のように搬出後に悪意者に売却しても同様だし損賠だって可能になる。

公示の衣説というのは一見対抗力で決着できて民法の体系的にも受け入れやすそうだが、この場合の背信的悪意者とはどのようなことを言うのかその点を改めて詰める必要がある。背信的悪意者に単なる悪意者は含まないとすると逆にあまり実益はないことになる。

公示の衣説と即時取得説の何を勘違いしていたのか

ぶっちゃけ公示の衣説は分離されたものでも公示に包まれている限り抵当権の効力が及ぶがそれは即時取得まで、と理解していた(爆)
シャンデリアの件を改めてみると(抵当権侵害という前提で考えると)
抵当権の存在につき悪意の買い手が返還請求を否定するための理論構成として
●抵当権の対抗力を否定したいとしている
そのために
1分離されると370条の要件をみたさないので抵当権の効力が及ばない
2分離されると(搬出と解釈します)公示から出てしまい、抵当権が不動産に限定される意義(公示を厳格にする)からずれてしまうため

1については分離物にも抵当権の効力が及ぶで見解がほぼ統一されていますが確かにそういう考えもありうる。
2については、抵当権が不動産に必ずしも限定されるわけではないのでこの批判はあたらない。もっとも公示から出てしまうので効力が及ばないという考えはありるが、分離される段階で効力が及ばないとしている1と矛盾してしまう。

効力と対抗力の違い

1については見解がほぼ統一されているのでこれで論証するのは危険だろう
従って2で公示から出てしまうともはや抵当権の効力が及ばないと論証することになる。これは効力はあるが対抗力がないとする公示の衣説とは違い、効力がないから対抗力もないと読める。したがって背信的悪意者はでてこない。
しかし、問題設定をよくみると「被告側としては、第三者への対抗力を否定する説に立ちたい」としており、これは効力があることを前提にした表現であり、その点を認識していないと受け取られかねない。
公示に包まれている間は少なくとも抵当権の効力は及んでいるので、抵当地上で売却されても買い手は所有権を取得しない。その上でシャンデリアを持ち出してしまったら所有権がないのに持ち出していることになる。当然即時取得もしていない。抵当権の効力としての物権的返還請求はできるのかできないのか?既に搬出されるとやはり効力は及ばないとするほうが素直なので物権的返還請求はできそうにない。しかし、損害賠償請求はできそうである。
いずれにせよ問題は返還請求であるが。
原告の即時取得説に対する反論は要するに分離物、及び搬出後まで抵当権の効力が及ぶという点に対する反論になるので、抵当権の効力が及ばないとするか効力があっても対抗力がないとすることになり、その点を返還請求否定のための理論的根拠にしよう。

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