つばさの党選挙の自由妨害事件

北海道ヤジ裁判

【解説】つばさの党の拠り所は「安倍首相へのヤジ問題」だった “ピース”で移送も逮捕は想定外か ヤジは「表現の自由」なのか?
2019年7月15日、参院選の候補者のため、札幌市内で応援演説をしていた安倍晋三首相(当時)に対し、政権批判のヤジを飛ばした男女が警察官に取り囲まれ、排除された。

この際1人の市民が、多数の警察官が取り囲まれ、抱えられるようにして連れていかれる様子がテレビカメラにとらえられていたため、「表現の自由が権力に脅かされる」という危機感が久々にクローズアップされることになった。この問題を民放記者が追及した取材をまとめた映画「ヤジと民主主義」も話題を呼んだ。

男女はその後「憲法が保障する表現の自由を侵害された」として国家賠償訴訟を起こし、一審で2人の主張が認められ、被告の北海道に賠償命令が言い渡された。二審では男性の排除は安全上の理由があったとして「適法」とされたが、女性に関しては「警察による表現の自由の侵害があった」と認める一審判決が維持されている。つまり応援演説に対するヤジを警察が取り締まったことが依然「違法」とされているのだ。

一方の「つばさの党」も、まさのこの裁判を拠り所として、街宣活動を続けていたことがX(旧ツイッター)への書き込みからうかがえる。幹事長の根本容疑者は13日、関係先を家宅捜索されたことについて以下のように書き込んでいる。

「候補者以外の安倍へのヤジが合法な時点で、候補者である俺らが違法なわけがない
北海道のヤジも、俺らがやったヤジも全く同じ
なぜならヤジの定義が曖昧だから
音量がデカかろうがなんだろうが定義が曖昧な以上、ヤジであると一括りにされる
だから警察は、小池に圧力かけられて警告を出したりガサ入れするぐらいしかできない
逮捕できるなら今日してたはずだから」(※原文ママ)

つまり、北海道の裁判で応援演説に対するヤジが合法と認められたことを引き合いに、ましてや候補者である自分たちが捕まるはずは無いのだと過信していたことがうかがわれる。

警察官の違法行為に対する国家賠償請求

北海道の事案(ヤジ裁判)は一体どのような裁判だったのか?
https://lex.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-012042187_tkc.pdf

原告の主張 警察官の違法行為による表現の自由及びプライバシー権の侵害による国家賠償請求
被告の主張 警職法4条1項及び5条又は警察法2条に基づく適法な行為

ヤジと言えるような表現でも表現の自由で保護されうる?

裁判所の判断
警察官の行為は警職法4条1項及び5条又は警察法2条に基づく適法な行為とは言えず違法
※表現の自由に関して
原告らの表現行為はいずれも公共的政治的表現行為である
警察官らの行為は当該表現行為を制限し又は制限しようとしたもの

確かに結論だけみるとヤジと思われるようなものであっても表現の自由の一つであって、それを制限することは許されないようにも思える。

警察官の排除行為は表現の自由を侵害したという理由で違法と判断されたわけではない

そこでまず、違法とされた警察官らの行為は一体何が違法とされたのかをみてみると、要するに警職法の要件を満たしていないと判断されている。
警職法をみてみよう。

(避難等の措置)
第四条 警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。

(犯罪の予防及び制止)
第五条 警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。

条文をみると、少なくとも表現行為を排除するには当該表現が行われることによって人の生命や身体に危険を及ぼしたり、あるいは財産などに重大な損害を受けるなどの状況が必要である。
認定された事実では、「このような表現行為を開始してわずか10秒程度で警察官らに肩や腕をつかまれて移動させられ、また相当程度の距離時間つきまとわれ」とある。
表現=ヤジだとして、開始10秒で人の生命に危険を及ぼしたり、あるいは財産に重大な損害を与えるような状況になるとは思えず、排除するには何か特段の事情が必要となろう。
表現行為自体が人に危害を及ぼすようなもの(肉体的な脅迫とも捉えられる)であるとか、そういうものでなければ警察官らの排除行為が適法と判断されるのは難しい。

制限できる表現行為とは

一方で、裁判所は「表現の行為も無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による合理的な制限を受けるが、選挙活動をする自由や聴衆の街頭演説を聞く自由を侵害するなどといった特段の主張はなされておらず、警職法の要件を充足すると主張しているに過ぎず、これは採用できない」としている。
これは逆に言えば「選挙活動をする自由や聴衆の街頭演説を聞く自由を侵害する」場合であれば表現行為を制限することが公共の福祉によって許される場合があるということになる。
また、警職法の要件を充足しているならば警察官らの表現行為の制限も合法となるのであり、表現の自由があるにせよそれを排除することが全く許されないわけではない。

つばさの党の逮捕罪名「選挙の自由妨害罪」の要件は

そこで、今回のつばさの党の事案をみてみる。今回は国家賠償請求ではないし、あくまである法律に抵触したので逮捕されたわけであり、それが適法かどうかという観点からみる必要がある。勿論表現の自由との兼ね合いも考慮せざるを得ない。

逮捕容疑は公選法225条選挙の自由妨害罪のようであるが条文では

(選挙の自由妨害罪)
第二百二十五条 選挙に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、四年以下の懲役若しくは禁錮こ又は百万円以下の罰金に処する。
一 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対し暴行若しくは威力を加え又はこれをかどわかしたとき。
二 交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀き棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき。
三 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者若しくは当選人又はその関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する用水、小作、債権、寄附その他特殊の利害関係を利用して選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人を威迫したとき。

となっている。
暴行は行っていないとして、抵触しそうなものは
一 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対し暴行若しくは威力を加え又はこれをかどわかしたとき
二 交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀き棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき。

選挙演説を妨害するようなことをしても逮捕されないとする根拠は

ここでつばさの党の根本氏が語っていた逮捕されないロジックを改めてみてみる。

「候補者以外の安倍へのヤジが合法な時点で、候補者である俺らが違法なわけがない
北海道のヤジも、俺らがやったヤジも全く同じ」
「なぜならヤジの定義が曖昧だから
音量がデカかろうがなんだろうが定義が曖昧な以上、ヤジであると一括りにされる」

ヤジかどうかが問題ではない

ヤジ裁判においてはヤジかどうが争点ではない。従ってヤジだからダメでヤジでなかったら表現の自由の範疇である、などといった判断もなされていないので確かにヤジの定義が曖昧だと言える。しかし、北海道の表現行為とつばさの党の行った表現行為が全く同じと結論付けるのはかなり難しそうである。
仮に、当該表現行為がヤジとして同一程度のものだとしても、警職法ではなく、選挙の自由妨害罪の要件に合致しているかどうかが争点である。
逮捕については基本的に犯罪の嫌疑があればできるのでこの点についてはあまり問題ではない。
選挙の自由妨害罪では

暴行若しくは威力
交通若しくは集会の便を妨げる
演説の妨害
その他偽計詐術不正の方法で選挙の自由を妨害

が禁止されている。警職法では、警察官の排除行為が適法とされる要件が人の生命身体への危険が必要だったものがハードルが低くなっている分選挙活動に関するものに限定されている。

表現の内容を直接取り締まる規定ではない

この点、選挙の自由妨害罪においては表現行為そのもの、特に表現の内容についてはまったく要件にあげられていない。
ヤジ行為があまりにひどいから取り締まる、などといった事は違法になりうるだろう。
その意味ではつばさの党の主張通り表現の自由の一つという見方もできるものの、一方で表現の自由も無制約ではなく、制限できる場合があることに異論のある人は少ないだろう。

選挙演説中の表現行為を制限できる場合とは

その制限できる場合として北海道ヤジ裁判では「選挙活動をする自由や聴衆の街頭演説を聞く自由を侵害する」場合は制限可能性を示唆している。

つまり、ヤジかどうかではなく、また表現の自由であったとしても選挙の自由を妨害するような行為は取り締まることができるのであって、選挙の自由を妨害する行為とはどういう行為を言うのかということになる。
この点、北海道ヤジ裁判では、選挙活動をする側だけではなく、街頭演説を聞く聴衆側の聞く権利を侵害するような場合も挙げている。
例えば条文には演説の妨害と規定されているが、何をもって演説の妨害というのかは条文からは判断できない。仮にヤジをとばしていても演説自体が行われているなら妨害にはならないという反論も成り立つ。
しかし、実質的に街頭演説を聞く事ができないような状況になれば聴衆の街頭演説を聞く自由の権利侵害になっており、それは演説を妨害しているかどうかの一つの判断基準となりうる。
また、条文には交通若しくは集会の便を妨げるなども規定されているためこれらに抵触する行為もあるかもしれない。

このように見てくると、北海道ヤジ裁判においての警察官らの行為はそれこそ忖度ではなかったのか(笑)そう思えてくる・・・

つばさの党代表らを再逮捕 異例の公選法「交通妨害」容疑を適用
捜査関係者によると、3人は補選が告示された翌日の4月17日午後6時半ごろ、東京都江東区内の路上で、立憲民主党から出馬した酒井菜摘氏(37)陣営の選挙カーを約20分間にわたって執拗(しつよう)に追尾。警視庁深川署への避難を余儀なくさせて酒井氏陣営の交通の便を妨げ、選挙活動を妨害した疑いがあるという。

札幌やじ訴訟の原告男性 「拡声器で妨害とは別」「つばさの党での引き合いは迷惑」
原告男性の大杉雅栄氏(36)が産経新聞の取材に応じ、「肉声でやじを飛ばしただけで演説が不成立になったわけではない。拡声器などを用いた選挙妨害と一緒にしてほしくない」と述べた。

「人の演説会場で拡声器を使って罵詈(ばり)雑言を浴びせるなどして、演説を成り立たせなくしている。演説妨害で立件されても仕方ないレベルだろう。(つばさの党陣営が主張している)相手の候補者の考えを知りたいなら公開質問状でも公開討論でも方法があるはずだ」

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