令和3年短答刑法身分犯の問題を解く

〔第7問〕(配点:2)
刑法第65条について,学生A,B及びCが次の【会話】のとおり議論している。【会話】中の
①から⑪までの( )内に後記【語句群】から適切な語句を入れた場合,正しいものの組合せは,
後記1から5までのうちどれか。なお,①から⑪までの( )内にはそれぞれ異なる語句が入る。
(解答欄は,[No.9])
【会 話】
学生A.私は,「違法の連帯性,責任の個別性」の原則を強調する立場から,(①)と考えます。
学生B.A君の見解には,(②)との批判がありますね。私は,刑法第65条第1項が「共犯と
する」,同条第2項が「通常の刑を科する」とそれぞれ規定していることに着目し,(③)
と考えます。
学生C.ただ,B君の見解には,(④)との批判がありますね。刑法第65条第1項が身分によ
って構成すべき犯罪を問題とし,同条第2項が身分によって刑の軽重がある犯罪を問題と
していることに着目し,(⑤)と考えるべきではないかな。
学生B.でも,C君の見解にも,(⑥)との批判がありますね。ところで,C君の見解だと,甲
が知人の乙を唆して乙の嬰児の生存に必要な食事をさせなかった事例では,甲の罪責はど
うなりますか。
学生C.私は,刑法第217条(遺棄)と同法第218条(保護責任者遺棄等)の「遺棄」とは,
行為者と要扶助者との間の場所的離隔を生じさせることをいい,同法第217条では作為
による遺棄のみが処罰されていると考え,また,同法第218条の「必要な保護をしなか
った」とは,場所的離隔を生じさせることなく要扶助者を不保護状態に置くことをいうと
考えます。そうすると,同条の罪のうち,作為による保護責任者遺棄罪は(⑦)犯,保護
責任者不保護罪は(⑧)犯になるため,乙とその嬰児との間に場所的離隔が生じていない
本件では,甲には(⑨)と考えます。
学生A.しかし,C君の見解では,甲が乙を唆して乙の嬰児を山に捨てさせた事例では,甲に
(⑩)ため,不均衡な結論になるのではないかな。私は,保護責任者という身分は,必要
な保護をしなかったことの違法性を基礎付け,遺棄の違法性を加重するため,(⑪)と考
えます。したがって,私の見解からは,いずれの事例でも,甲には(⑨)と考えます。
【語句群】
a.刑法第65条第1項は真正身分犯の成立及び科刑についての規定であり,同条第2項は不真
正身分犯の成立及び科刑についての規定である
b.刑法第65条第1項は身分が違法性に関係する場合についての規定であり,同条第2項は身
分が責任に関係する場合についての規定である
c.刑法第65条第1項は真正身分犯・不真正身分犯を通じて共犯の成立についての規定であり,
同条第2項は不真正身分犯の科刑についての規定である
d.犯罪の成立と科刑が分離されることになる
e.真正身分犯が身分を連帯的に作用させ,不真正身分犯が身分を個別的に作用させることの実
質的根拠が明らかでない
f.身分が違法性に関係する場合と責任に関係する場合を区別することは困難
g.責任身分 h.違法身分 i.真正身分 j.不真正身分
k.刑法第218条の罪の教唆犯が成立する
l.刑法第217条の罪の教唆犯が成立する
1.①b ⑤a ⑨k 2.②d ⑥e ⑪h 3.②f ⑦i ⑧j
4.③c ④d ⑪g 5.③c ⑥f ⑩l

正答は1のようだ。
とりあえずざっくり総括しみよう。
当然間違えた(笑)そもそも身分犯をよく理解していないからなのだろうが、この問題改めて解くと身分犯の知識がなくても解ける。
勿論知識があれば断然早くそして自信をもって解答できるのだが。

まず、身分犯について自信がないので問題にあたる前から少々混乱し始めている(笑)
そして違法身分とか責任身分とかなんだったっけ、判例は何説だったっけとか、既に忘却の彼方に消え去っている知識を探すが見つからなくてさらにパニックになる(笑)
で、改めて思うのはない知識を探そうとするあまり問題文をよく読んでいない。
そもそもこの問題はいわゆる論理パズル問題なので知識の正誤をきかれていないのであるから65条1項と2項とか色々考える前に問題文を読むべきだ。
後から見直してみると選択肢1の⑨をチェックして除外しているが、問題文中にはしっかりとkと書いていて、もうわけがわからない(笑)
また、この問題遺棄罪についての知識も必要に見えて、実はなくても正答へたどりつける。
とは言え、身分犯についての知識があやふやなので再度確認してみよう。

65条1項と2項の関係性

まずは条文

共犯と身分を条文からながめる

(身分犯の共犯)
第六十五条 犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。
2 身分によって特に刑の軽重があるときは、身分のない者には通常の刑を科する。

1項 身分がなくても、身分によって構成すべき犯罪(真正身分犯)加功したら共犯

2項 身分によって刑の軽重があるとき(不真正身分犯)は身分がなければ通常の刑
※身分によって刑の重さが違うとは、単純横領と業務上横領などの場合を言う。ここで逮捕監禁罪の加重類型として194条特別公務員職権乱用罪があるが、職権を乱用しなかった場合は通常の逮捕監禁罪になるので必ずしも逮捕監禁罪の加重類型とは言えないのではないか疑問。

条文自体はシンプルで分かりやすいが、実際の事件に当てはめようとすると結構問題がありそうだ。
だからこそいろんな説があるのだろうが。
まず条文だけから理解するように努めてみる。

1 の共犯とするに共同正犯も含まれるのか? 身分がなくても共犯になるとは要するに身分犯の罪名でいいとして、
もしその犯罪に刑の軽重があればそのときは軽い方で科刑されて罪名は身分犯のほうになって、成立する犯罪と科刑が別々でいいのだろうか。
と、結局巷で言われている論点と同じような疑問が湧く。
ある意味この条文そのまんま説は団藤・大塚節らしい。

条文をよく見ると加功という言葉が使われているので共同正犯は格別、いわゆる共犯を想定した条文だろう。もっとも共同正犯が必ずしも除外されるということではない。

むしろ共同正犯なら非身分者でも身分者として処罰されるのは当たり前だけど、幇助犯とかはどうするのかという疑問からこの条文は生まれているのだろう。
さらに、あくまで非身分者についてのみ規定されている。身分者が不真正身分犯に加担した場合は規定されていない。
1項と2項の関係性とよく言われるが、関係性だけが問題ではない。

もう一つよく言われているのは1項は違法身分の連帯性、2項は責任身分の個別性を定めたとする説だが、この説確かに刑法の体系的には納得できる説ではあるもののただ条文を説明しているに過ぎず、犯罪の成立と科刑が分離してもいいのか問題の解決には至らない。言わば団藤・大塚説の焼き直しになってしまっている。
この点、教科書的にはこの説に対しての批判は違法身分とか責任身分とか明確に区別できないのではないか?という事が言われている。

そこで判例は、1項は真正身分犯の成立と科刑、2項は不真正身分犯に関しての成立と科刑に関しての規定とごくシンプルに考えているようだ。
この考え方からするとまず当該犯罪が真正身分犯か不真正身分犯かが出発点となる。

不真正身分犯に身分者が加担した場合

しかし、ここで疑問なのはでは仮に不真正身分犯に身分者が加担した場合この身分者は何罪で科刑はどうなるのか?条文では規定がなく、判例の考え方を素直に当てはめると身分者でありながら不真正身分犯の共犯で落ち着きそうである。結論から言えばそれでいいようだが判例は不真正身分犯のようである。

さて、このあたりからもはや頭の中だけでの思考実験ではどうしようもない。司法試験は自分の考え方を披露する試験ではないので結局のところ判例などの考え方を理解する他ない。
そこで、基本書等々をあたるしかない。その前にまず共犯と身分で問題とされるている点につき一旦整理する。

共犯と身分に関して問題とされている点

共犯と身分に関しての問題点
A 65条1項にいう共犯には共同正犯も含まれるのか
B 65条1項と2項との関係性

大きく上記2つの問題点があるが、めんどくさいのはBの問題が解決するとAが必然的に導かれる関係にはない点である(多分)。
とは言え、前述の如く、このようなパズル問題は各説からの帰結及び当てはめを記憶していなくても正答が導けるように作られている。逆に言えば生半可な知識で解こうとするとドツボにハマる。
とは言え、違う問題形式や論文試験などにはやはり正確な理解と知識が必要なのは言うまでもない。

65条1項の共犯

65条1項にいう共犯には共同正犯も含まれるのか
共同正犯も含まれる 判例多数説
含まれない 団藤・大塚説

65条1項2項の関係性各説

65条1項と2項との関係性
a1項は真正身分犯の成立と科刑 2項は不真正身分犯の成立と科刑 判例
b1項は身分犯全般に関しての成立 2項は不真正身分犯の科刑 団藤・大塚
c1項は違法身分が連帯する 2項は責任身分の個別性

各説からの帰結

真正身分犯 の場合
正犯身分あり 教唆身分なし
a 正犯はそのまま真正身分犯 真正身分犯の教唆犯
b 上に同じ         上に同じ
c 違法身分責任身分をどうとらえるかによるが基本同じ

不真正身分犯 の場合
正犯身分あり 教唆身分なし
a 正犯は真正身分犯 不真正身分犯の教唆犯
b 上に同じ         上に同じ
c 違法身分責任身分をどうとらえるかによるが基本同じ

正犯身分あり 加担犯身分なし パターンだと結論だけみると違いはない。

b説に対して犯罪の成立と科刑が違うと批判されるが、a説も共犯と正犯で成立する犯罪が違う場合が生じている。
65条を素直に読むとなんだか身分のないものは軽い刑が適用されそうな漠然としたイメージを持ってしまっていたが、そうではない。

65条全体の趣旨

65条全体の趣旨としては身分がなくても身分犯に加担したら罰しますよ、そのとき不真正身分犯なら軽いほうを科しますということだろう。
するとすべての結論はある意味納得できる。

正犯が非身分者で加担犯が身分者の場合深入りしても意味なし
さて、この場合一番問題なのは実は65条ではなにも規定されておらず、またこの場合について各節からの帰結についてあまり基本書などにも触れられていない点である。
前述のように判例は不真正身分犯の場合に身分ありが身分なしに加担した場合不真正身分犯の共犯としている。
結論のでていないことに関しては問題としては出しにくいと思われ、かつ論理的にも整合性があまりないようなものであればパズル問題としても出しにくいと思われるので深入りしてもしょうがない。

賭博常習者甲が非常習者乙の賭博行為を幇助した場合、判例多数説は正犯である乙は単純賭博、幇助犯である甲は常習賭博の幇助犯。刑法総論講義案改訂版P359
完全に見誤っていた。。

共犯と身分を今一度概観

真正身分犯は身分がないと成立しないから、非身分者が正犯になることはない
不真正身分犯は身分がなくても成立するが、身分があれば刑が重くなる
そこで問題となるのは身分者と非身分者が一緒に犯罪を犯した場合どうなるのか?
真正身分犯の場合は非身分者が正犯になることはありえないので、共同正犯、もしくは非身分者が加担した場合の罪名や科刑
不真正身分犯の場合は誰でも犯罪は成立するが、身分によって刑の軽重があるので非身分者と身分者の共同正犯、もしくは身分者が非身分者に加担した場合の罪名及び科刑

こうしてみると、65条1項は普通に読めば非身分者であっても身分者と同じ罪が成立するでよい
2項についても身分のない者は通常の刑で、身分のある者は加重された刑で問題ない

これは共同正犯であろうと加担犯であろうとロジックとして違いはないだろう。色々と理屈はあるだろうが違うロジックの説得力に欠けているから争いがあるのかもしれない。
混乱しやすいのは身分と言うワードである。身分犯と一口に言ってしまうと身分がないと犯罪は成立しなさそうなイメージを持つが、不真正身分犯は身分がなくてもよいわけで、身分があれば刑が加重される。その意味で加減身分と言うようだが、むしろ加重身分だろう。また、身分によって刑の軽重があるものを不真正身分犯と言うわけだが、これも紛らわしい。
身分のあるなしは犯罪の成立には基本的に関係ないわけだから身分犯ではないだろう。だから不真正というワードを使っているのかもしれないが。
学説に争いのある問題は、各学説に振り回されて結果的に本質をまったく理解しないどころか、帰結がわけわかめ状態になることがよくある。
この論点、突き詰めると非常にシンプルでまさに教科書的問題と言えそうだ。

さて、問題にあたろう。
改めて持ち帰った問題用紙を確認すると記載しているところはすべてあっているようである。。。(笑)なぜ間違えたのか(笑)
もはや問題にあたるまでもなくなってしまった。。。。

いずれにしろ、帰結についての違いを問うわけではなく、そこに至るまでの過程、理由付けに対しての批判などを理解できているかいないかであって、これはもはや短答と言うよりは論文的と言えよう。

この手の問題は語句群をグルーピングしたほうが早い。
a,b,cが各見解、defがそれに対する批判というふうになっている。
各学生がとる説は比較的簡単に分かり、各説はきちんと定義が書かれているので各説の内容をあまり知らなくてもそれに対する批判も見当がつけやすい。
従ってこの問題パズルと言っても簡単な部類に入る。
しかし、厄介なのは遺棄についての部分である。とは言え、遺棄罪についてのこの論点も知らなくても解けるようになっている。
予備試験全般に言えることかもしれないが、問われていることは浅いのだが、問題形式や問題文を長くするとか、選択肢を多くするとか個数問題にするとか、問題文の言い回しを何とでもとれるようにするとか、そういった表面上のめんどくささで正答率を低くしようとしているのが分かる。
果たしてこれでいいのか(そういうことは合格してから言いなさいよ)。

業務上横領と65条の処理

業務上横領は単純横領の加重類型なのか?だとすると単純横領は真正身分犯であり、業務上横領は不真正身分犯なのか?
占有という身分と業務上という身分の関係は?

判例は

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/08-4/sagawa.pdf
非占有者及び業務上の身分もない者が加担した場合はまず
65条1項で業務上横領が成立し、科刑は65条2項で単純横領という特殊な処理をしている。
当然この判例については刑の成立と科刑が分離していると批判されている。

業務上横領が不真正身分犯であれば65条2項を適用し、単純横領が成立するとしたほうがすっきりしそうで実際最初の判例でそのように弁護士が指摘しているようだ。
なぜ判例は一旦65条1項を適用しているかというと業務上横領が占有という真正身分犯も含んだものであると解しているからだろう。
そもそも、不真正身分は身分があると刑が重くなるという話で身分がなくても通常の犯罪は成立する。常習とばくにおける単純とばくがそうである。単純とばくは身分は必要ない。また、常習を身分と言っているだけで本来の意味からすると身分といえるようなものでもないだろう。
いずれにせよ、単純横領の場合は委託されて占有しているという意味でこれを身分としている。これに業務上という身分が加わって刑を重くしている。
しかし、よくよく考えてみると、委託占有しているのに業務上という身分がなくて、業務上横領に加担できるのであろうか?リンク先の判例をみると委託占有自体がない。もし、委託占有していたら、その物について他に業務上占有している他人がいなければならないが、だとすると二重に占有していることになる。理屈で言えば可能か(笑)

このように考えると業務上横領は真正身分犯としてみたほうがいいのかもしれない。

単純横領は委託されていないと窃盗になる可能性が高いのでそういう意味では委託されているという身分がないと成立しないので真正身分犯になるのは分かる。業務上横領は単純横領という真正身分犯と業務上横領という不真正身分犯の複合形態だと考えると65条1項でまず成立するのは単純横領であることになる。
この点判例は業務上横領を単純横領よりも刑が加重されていると言いながら65条1項でまず業務上横領が成立すると判断している点でやはり論理的整合性が保てていないということになるだろう。

業務上横領の場合,これに関与した非占有者に業務者と同じ刑を科すとすれば,占有者が本罪に関与した場合には65条2項により委託物横領罪となることと比較して,非占有者に対する処罰が重くなってしまうという不均衡が生じることになる。ゆえに判例の処理は,このような不均衡を緩和するという意味においては,意義を有するものではある

上記引用はソースがどこか忘れてしまったが、確かに占有のない者に業務者と同じ刑を科しながら、占有はあるが業務者と言う身分のない者には65条2項で単純横領の罪を科すのは刑の不均衡を及ぼすことになる。
しかし、これは単純横領の加重類型を業務上横領ととらえるからであり、そもそも単純横領は真正身分犯である。
不真正身分犯は身分がなくても成立するものであり、身分があれば刑が加重されるに過ぎない。
そうすると業務上横領は業務者という身分があれば加重されるというより、占有と業務者という2つの身分があってはじめて成立する真正身分犯としたほうがよい。
もっとも、受験生にとっては判例がどのように考えているか、そしてその結論、問題点などが理解できればそれ以上深入りする必要はない。

真正身分犯はその身分がないと犯罪そのものが成立しない
不真正身分犯その身分がなくても犯罪そのものは成立する→身分があると刑が重くなる

〔第1問〕(配点:100)http://www.moj.go.jp/content/000098337.pdf
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法
違反の点を除く。)。
1 A合同会社(以下「A社」という。)は,社員甲,社員B及び社員Cの3名で構成されており,
同社の定款において,代表社員は甲と定められていた。
2 甲は,自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮していたため,知人であるD
から個人で1億円を借り受けて返済資金に充てようと考え,Dに対し,「借金の返済に充てたいの
で,私に1億円を融資してくれないか。」と申し入れた。
Dは,相応の担保の提供があれば,損をすることはないだろうと考え,甲に対し,「1億円に見
合った担保を提供してくれるのであれば,融資に応じてもいい。」と答えた。
3 甲は,A社が所有し,甲が代表社員として管理を行っている東京都南区川野山○-○-○所在
の土地一筆(時価1億円相当。以下「本件土地」という。)に第一順位の抵当権を設定することに
より,Dに対する担保の提供を行おうと考えた。
なお,A社では,同社の所有する不動産の処分・管理権は,代表社員が有していた。また,会
社法第595条第1項各号に定められた利益相反取引の承認手続については,定款で,全社員が
出席する社員総会を開催した上,同総会において,利益相反取引を行おうとする社員を除く全社
員がこれを承認することが必要であり,同総会により利益相反取引の承認が行われた場合には,
社員の互選により選任された社員総会議事録作成者が,その旨記載した社員総会議事録を作成の
上,これに署名押印することが必要である旨定められていた。
4 その後,甲は,A社社員総会を開催せず,社員B及び社員Cの承認を得ないまま,Dに対し,
1億円の融資の担保として本件土地に第一順位の抵当権を設定する旨申し入れ,Dもこれを承諾
したので,甲とDとの間で,甲がDから金1億円を借り入れることを内容とする消費貸借契約,
及び,甲の同債務を担保するためにA社が本件土地に第一順位の抵当権を設定することを内容と
する抵当権設定契約が締結された。
その際,甲は,別紙の「社員総会議事録」を,その他の抵当権設定登記手続に必要な書類と共
にDに交付した。この「社員総会議事録」は,実際には,平成××年××月××日,A社では社
員総会は開催されておらず,社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定
について承認を行っていなかったにもかかわらず,甲が議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名
し,甲の印を押捺するなどして作成したものであった。
Dは,これらの必要書類を用いて,前記抵当権設定契約に基づき,本件土地に対する第一順位
の抵当権設定登記を行うとともに,甲に現金1億円を交付した。
なお,その際,Dは,会社法及びA社の定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われ,
抵当権設定契約が有効に成立していると信じており,そのように信じたことについて過失もなか
った。
甲は,Dから借り入れた現金1億円を,全て自己の海外での賭博費用で生じた借入金の返済に
充てた。
5 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記及び1億円の融資から1か月後,甲は,A社所有
不動産に抵当権が設定されていることが取引先に分かれば,A社の信用が失われるかもしれない
と考えるようになり,Dに対し,「会社の土地に抵当権が設定されていることが取引先に分かると
恥ずかしいので,抵当権設定登記を抹消してくれないか。登記を抹消しても,土地を他に売却し
たり他の抵当権を設定したりしないし,抵当権設定登記が今後必要になればいつでも協力するか
ら。」などと申し入れた。Dは,抵当権設定登記を抹消しても抵当権自体が消滅するわけではない
-3-
し,約束をしている以上,甲が本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりすることはな
く,もし登記が必要になれば再び抵当権設定登記に協力してくれるだろうと考え,甲の求めに応
じて本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を抹消する手続をした。
なお,この時点において,甲には,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつ
もりは全くなかった。
6 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記の抹消から半年後,甲は,知人である乙から,「本
件土地をA社からEに売却するつもりはないか。」との申入れを受けた。
乙は,Eから,「本件土地をA社から購入したい。本件土地を購入できれば乙に仲介手数料を支
払うから,A社と話を付けてくれないか。」と依頼されていたため,A社代表社員である甲に本件
土地の売却を持ち掛けたものであった。
しかし,甲は,Dとの間で,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないと約束
していたことから,乙の申入れを断った。
7 更に半年後,甲は,再び自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮するように
なり,その中でも暴力団関係者からの5000万円の借入れについて,厳しい取立てを受けるよ
うになったことから,その返済資金に充てるため,乙に対し,「暴力団関係者から借金をして厳し
い取立てを受けている。その返済に充てたいので5000万円を私に融資してほしい。」などと申
し入れた。
乙は,甲の借金の原因が賭博であり,暴力団関係者以外からも多額の負債を抱えていることを
知っていたため,甲に融資を行っても返済を受けられなくなる可能性が高いと考え,甲による融
資の申入れを断ったが,甲が金に困っている状態を利用して本件土地をEに売却させようと考え,
甲に対し,「そんなに金に困っているんだったら,以前話した本件土地をA社からEに売却する件
を,前向きに考えてみてくれないか。」と申し入れた。
甲は,乙からの申入れに対し,「実は,既に,金に困ってDから私個人名義で1億円を借り入れ
て,その担保として会社に無断で本件土地に抵当権を設定したんだ。その後で抵当権設定登記だ
けはDに頼んで抹消してもらったんだけど,その時に,Dと本件土地を売ったり他の抵当権を設
定したりしないと約束しちゃったんだ。だから売るわけにはいかないんだよ。」などと事情を説明
した。
乙は,甲の説明を聞き,甲に対し,「会社に無断で抵当権を設定しているんだったら,会社に無
断で売却したって一緒だよ。Dの抵当権だって,登記なしで放っておくDが悪いんだ。本件土地
をEに売却すれば,1億円にはなるよ。僕への仲介手数料は1000万円でいいから。君の手元
には9000万円も残るじゃないか。それだけあれば暴力団関係者に対する返済だってできるだ
ろ。」などと言って甲を説得した。
甲は,乙の説得を受け,本件土地を売却して得た金員で暴力団関係者への返済を行えば,暴力
団関係者からの取立てを免れることができると考え,本件土地をEに売却することを決意した。
8 数日後,甲は,A社社員B,同社員C及びDに無断で,本件土地をEに売却するために必要な
書類を,乙を介してEに交付するなどして,A社が本件土地をEに代金1億円で売却する旨の売
買契約を締結し,Eへの所有権移転登記手続を完了した。甲は,乙を介して,Eから売買代金1
億円を受領した。
なお,その際,Eは,甲が本件土地を売却して得た金員を自己の用途に充てる目的であること
は知らず,A社との正規の取引であると信じており,そのように信じたことについて過失もなか
った。
甲は,Eから受領した1億円から,乙に約束どおり1000万円を支払ったほか,5000万
円を暴力団関係者への返済に充て,残余の4000万円については,海外での賭博に費消した。
乙は,甲から1000万円を受領したほか,Eから仲介手数料として300万円を受領した。
-4-
【別 紙】
社員総会議事録
1 開催日時
平成××年××月××日
2 開催場所
A合同会社本社特別会議室
3 社員総数
3名
4 出席社員
代表社員 甲
社員 B
社員 C
社員Bは,互選によって議長となり,社員全員の出席を得て,社員総会の開会を宣言するとともに
下記議案の議事に入った。
なお,本社員総会の議事録作成者については,出席社員の互選により,代表社員甲が選任された。

議案 当社所有不動産に対する抵当権設定について
議長から,代表社員甲がDに対して負担する1億円の債務について,これを被担保債権とする第一
順位の抵当権を当社所有の東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆に設定したい旨の説明があ
り,これを議場に諮ったところ,全員異議なくこれを承認した。
なお,代表社員甲は,特別利害関係人のため,決議に参加しなかった。
以上をもって議事を終了したので,議長は閉会を宣言した。
以上の決議を証するため,この議事録を作成し,議事録作成者が署名押印する。
平成××年××月××日
議事録作成者 代表社員甲 印

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