出題の趣旨
(1) 甲の罪責について
甲が暴行を加えて乙及び丙に傷害を負わせたことは問題なく認められる
問題となるのは,第3場面において,甲が車を加速させた上で蛇行運転をして乙を振り落とした行為の擬律判断
傷害罪ではなく,殺人未遂罪の成否をまず検討する
行為の客観面として殺人の実行行為性を検討
甲車の高さ,速度,走行距離,走行態様,路面状況及び行為によって生じた結果等の具体的な事実を丁寧に拾い上げ、それらが行為の危険性判断においてどのような意味を持つのかを明らかにする必要がある
行為の主観面として
殺意(故意)の有無を検討し,上記の実行行為性判断に関係する諸事情に対する甲の認識に加え,甲の内心(「乙が路面に
頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが,乙を振り落としてしまおう。」)等の事情を斟酌
違法性の段階では,正当防衛又は過剰防衛の成否が問題となる
急迫不正の侵害の要件では,
甲車から振り落とされた時点では既にナイフを車内に落としていたことから,それでもなお侵害の急迫性が認められるか検討
この点では,「急迫性」の考え方と,「侵害行為」の範囲をどのように捉えるかが問題となる
防衛の意思の要件
防衛の意思必要説に立つ場合,乙を振り落とすという危険な行為をあえて行った甲に防衛の意思が認められるかを論ずるべきである
最も問題となるのは相当性の要件
乙が重傷を負ったという結果の重大性だけでなく,振り落としという行為が防衛手段として必要最小限度か否かを吟味する必要
甲に利用可能な他の侵害排除手段があったかどうか
振り落とし行為の危険性と比べて,乙はその時点で既にナイフを持っておらず素手だったこと
相当性がないと判断すれば,甲の振り落とし行為には過剰防衛が成立
自招侵害の成否にも言及すべき
諸説があるが,判例としては最決平成20年5月20日刑集62巻6号1786頁が参考
判例の考え方に従えば,第1場面での甲の暴行と第3場面での乙の侵害との時間的・場所的近接性や,両者の侵害の程度を比較することになる
(2) 乙の罪責
第一場面
それぞれの傷害を生じさせた暴行を実行していない者の責任,つまり,丙の暴行による傷害についての乙の責任及び乙の暴行による傷害についての丙の責任の有無を判断する上で,乙丙間の(現場)共謀の成否が問題となる
共謀を認定するに当たって
乙と丙の関係,丙が乙に加勢した経緯,丙が「助けてくれ。」と言ったのに応えて乙が甲に暴行したこと,乙に向かっていこうとした甲の背後から丙が暴行したことなど を子細に検討する必要
傷害罪の共同正犯が成立するとしても,違法性レベルでは正当防衛の成否を更に検討する必要がある
第二場面
乙が甲の前腕部をナイフで切り付けた行為が,第1場面における乙の反撃行為と一体のものとして(量的)過剰防衛となるか
第1場面における暴行とは別個の行為として傷害罪が成立するか検討する必要
最決平成20年6月25日刑集62巻6号1859頁が,上記と同様の事例において,
まず第2の暴行について正当防衛の成否を検討し,次いで,第1の暴行と第2の暴行の一体性を,時間的・場所的連続性,侵害の継続性,反撃行為者の防衛の意思の有無等の観点から検討しているのが参考になる
本問では,第1場面と第2場面では時間的・場所的連続性は否定し難い
第2場面で乙が甲に切り付けた時点では,甲はそれ以前から全速力で逃げ出しており,もはや侵害が継続していたとは認められず
乙の防衛の意思も認定し難いことから,行為の一体性を否定し,傷害罪に問うことになろう
(3) 丙の罪責
第一場面
丙の暴行について,乙との現場共謀の成否と正当防衛の成否が問題となることは乙の場合と同様
第1場面で乙丙間に共謀が成立しているとすると,第2場面での乙による甲の前腕部の切り付け行為について,丙も共犯者として責任を負うかが問題
共謀の捉え方,正当防衛行為の共謀をどのように考えるかによって複数のアプローチが考えられる
同共謀はあくまで正当防衛行為の限度でしか成立しておらず,乙の切り付け行為は共謀の範囲外
第2場面でのナイフの切り付けも共謀の範囲内であることを前提として,丙が共犯関係から離脱しているかを問題とする
最判平成6年12月6日刑集48巻8号509頁は,先行行為に正当防衛が成立するときには,先行行為の共同意思からの離脱の有無を問うのではなく,後行行為の時点での新たな共謀の有無を検討し,そこで共謀が認められた場合に,先行行為と後行行為を一連の行為として考察して防衛行為の相当性を検討すべきとする。
採点実感
事実認定上の論点
甲が乙を車から振り落とした行為の擬律判断
殺人未遂罪の成否を検討すべき 行為の客観面として殺人の実行行為性の有無
行為の主観面である殺意の有無について論ずる必要
乙丙間の甲に対する傷害の現場共謀の成否
乙丙による事前の謀議などは認められない 黙示の(現場)共謀の有無を認定しなければならない
法解釈上の論点
正当防衛に関する近時の重要な最高裁判例及びそれをめぐる議論の状況等についての正確な理解
乙がナイフを甲の運転する車内に落としたことは「急迫性」判断ではどう評価され,同じ事実が「相当性」判断ではいか なる意味を持つのか)
正当防衛及び共謀に関する基本的な知識と理解を基に自らの頭で考えれば,一定の結論にたどり着くことができると思われ,実際,相当数の答案が一定の水準の論述をすることができていた
問題のあった答案
甲の罪責
甲について傷害罪の成否だけを論じ,殺人未遂罪の成否を一切論じていない答案が予想以上に多かった
甲の上記振り落とし行為について,危険運転致傷罪あるいは自動車運転過失致傷罪の成立を認めている答案
乙がナイフを取り落としたことで,その後も乙が攻撃の気勢を示し続けているにもかかわらず,直ちに急迫性が失われたとする答案
自招侵害について全く検討していない答案が数多く見られた
甲が乙を振り落とした後,乙を救助することもなく車で走り去ったことについて,保護責任者遺棄致傷罪の成否を問題とし,その成立を認めている答案 ※遺棄することによって致傷の結果が発生するなら同罪の成否も検討する余地があるが、振り落とした行為により致傷の結果が生じているからまったく別の構成要件であることが分かる。
第1場面から第3場面に至る甲の行為が全体として1個と評価されるか否かについて,それを論ずる実益も明らかにしないまま,検討している答案
優秀な答案として,甲の上記振り落とし行為について,防衛行為の相当性を検討するに当たり,乙は既にナイフを車内に落としていることを踏まえ,甲としては,振り落とし以外にどのような手段を採り得たのか具体的に検討
乙の罪責
乙丙間の共謀の成立を認めつつ,同時傷害の特例に関する刑法第207条を適用する答案
攻撃の意思があっても正当防衛における防衛の意思が肯定されるのかについて全く検討していない答案
第1場面における乙の暴行について正当防衛が成立するとしつつ,第2場面で乙がナイフで甲の前腕部を切り付けた行為 について,第1場面における防衛行為と一体と評価することができるか(過剰防衛が成立しないか)という点について検討していない答案
丙の罪責
丙が最終的に不可罰であることについて,「無罪」と表現する答案が少なからず見受けられた
問題
甲乙丙各々の罪責について論ずる問題。
いわゆる喧嘩の場面での正当防衛の成否、それに連続した一連の行為とも絡んで結構ややこしい問題である。
第一場面
①甲と乙が喧嘩
②丙が乙を助けようとするが返り討ち
③今度は乙が丙を助ける&リベンジの為加勢
④丙もやり返す
⑤甲逃走
A 甲が逃走したことで一旦一連の行為は終了する?
B ②の場面では丙に正当防衛が成立するように見える
C ③の場面では乙に正当防衛が成立するか?(甲にやられた仕返しをしてやろうと思っている事をどう評価するか)
D ④丙がやり返しているのは正当防衛なのか?
E そもそも一連の行為を全体としてみた場合にいわゆる喧嘩とみなして個々の行為を正当防衛と評価しない?
甲の乙と丙に対する暴行、傷害は認められることに特に問題はない。
出題の趣旨も採点実感も第一場面での個々の行為についてあまり詳しく触れられていない。
②については胸を強く押した程度なのでスルーしていいのだろう。罪責を問うわけだから、何らかの犯罪が成立するかどうかをみる必要がある(厳密には暴行罪の成否を論ずる必要があるかもしれないが)。
出題の趣旨を見ると、第一場面では傷害を生じさせた結果から考えているようなので、乙が甲の腰背部を数回蹴って加療2週間の怪我をさせた行為はやはり吟味する必要がある。
この場面は自招侵害ではなく積極的加害意思の問題なのか。※自招侵害については甲で検討する必要がありそうだ。
積極的加害意思と侵害の急迫性
積極的加害意思があると急迫性が失われるという結果だけは覚えているものの、やはり理屈が腑に落ちない。正当防衛 相当性 急迫性
52年判決
この判決を読むと、侵害が予期されていても急迫性は失わない←急迫性の判断に侵害の予期は何の意味もないと言っている。
また、正当防衛について侵害の急迫性というものを要件としている趣旨から考えると、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、急迫性の要件を充たさないとしている。
確かになぜ急迫性が必要なのか?単に侵害を避けるためでもよさそうである。
しかし、侵害が予期されていても急迫性は失われないとする。そもそも急迫性ってナンだ。
最近の判例の傾向は正当防衛の成否を侵害の急迫性で判断する傾向にあるようだ。
正当防衛における侵害の急迫性とは
正当防衛における急迫性について
そこにいう「刑法36条の趣旨」とは,正当防衛を「公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに,私人による対抗行為を許容するもの」と解するものである。
この趣旨を述べる裁判例は,類型的には,
①警察官に救助を求める余裕があったのに積極的に反撃を行った場合に「急迫性」を否定するものと,
より一般的に,② 被害者から新たな侵害を受ける可能性の低さや反撃行為の過剰性その他の諸般の事情を総合的に考慮して「急迫性」を否定するものとに分けられる。
急迫性の最近の判例
平成29年決定が引用されている。
「刑法36条は,急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに,侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。」
侵害の急迫性の判断基準については
「対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。
具体的には,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶
器の性状等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同,行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し,行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき……など,」
本判決の事案をみてみる。
知人Aから自宅に訪問されたり(留守中)、脅迫めいた電話を十数回された。
実際に午前4時頃自宅マンション前まで来られ、電話で呼び出される。
被告人は包丁をタオルで巻いて赴く。
ハンマーを持ったAが駆け寄ってくる。
包丁を示すなどの威嚇行動をとることなく
Aの攻撃を交わして殺意をもって包丁を突き刺して殺害。
まさに積極的加害意思で急迫性の要件が失われたようにみえる。
問題はなぜ急迫性が失われるのかである。端的に防衛の意思がないでもよさそうだが、どうやら判例はそこは譲れない一線なのだろう。
参考になる記事があった。
積極的加害意思に関する判例の理解~刑法~
おそらく、防衛の意思というものを否定する事がかなり難しいからではなかろうか。
もはや防衛の意思の存否は偶然防衛などを否定する場合にしか機能しないのかもしれない(笑)
侵害の急迫性とは侵害を避けるために防衛行為を行わざるを得ないような状況を言う(私見)
いずれにしても急迫性は差し迫った侵害、あるいは現に侵害を受けている状況だけではなく、それを避けるために防衛行為を行わざるを得ないような状況と言えるだろう。
従って、端的に言えば相手が体重300キロの巨漢であり、走って逃げて誰かに助けを求めるとか、近くに交番があったとか、そういう状況であるのにもかかわらず、相手に反撃行為を行って怪我を負わせたら、急迫性がなく正当防衛どころか過剰防衛にもならない可能性もある。※この場合一般的には量的過剰で過剰防衛に問議されるだろう。
※昭和51-43 肢2 甲は乙から棒でなぐりかけられた。甲は逃げることもできたが、逃げずに棒で反撃したため乙は負傷した。甲には正当防衛が成立する余地はない。← × となっている。司法試験短答式試験過去試験問題 刑法
もっともこれは防衛行為の必要性や相当性の判断と被るものではないか。
上記の例で言えば急迫性がないのではなく防衛行為の必要性がないとも言えそうである。そう考えると過剰防衛の問題となる。
しかし、防衛行為の必要性、相当性は、急迫不正の侵害があるという状況下での防衛行為の必要性相当性と言えよう。
また、「侵害の急迫性を防衛行為を行う状況上の前提要件」と刑法総論講義案P194考えると防衛行為の必要性と相当性はやはり別の次元の話となる。
とは言え、正当防衛の要件である「やむを得ず」という意味が防衛行為の必要性、相当性と言われる点からやはり急迫性を「防衛行為を行わざるを得ないような状況」と捉えると同じ事の言い換えになりそうである。
※追記
積極的加害意思がある場合に急迫性が失われるとする典型的パターンは、侵害が行われる前から積極的加害意思が存在しているパターンである。従って、侵害を予期していない状況であればそもそも積極的加害意思を持つのは侵害が現に行われているときになるが、この場合は積極的加害意思があっても急迫性はおそらく失われないのではないだろうか。
要するに計画的犯行とでも言うべき状況では急迫性はないとしているのかもしれない。とは言え、この場合防衛の意思がない、で片付けられそうではあるが、相手が存外に強いとか、予想外の武器を使ってきたとかなると防衛の意思が全否定されるものでもないからか。。。
正当防衛における防衛行為の必要性相当性とは
参考になる記事発見。実務から見た刑法総論 「正当防衛における必要性・相当性」(上)
「換言すれば、必要性・相当性は過剰防衛の裏面の問題であり、この観点からは、必要性・相当性の問題は「防衛の程度」の問題である。」
「必要性概念を①防衛に不要でない行為と②必要最小限の行為にわけ、①を客観的な「防衛するため」、②を相当性の概念で把握する見解がある(いわば相当性一元説。前田・前掲387、389~390頁参照)。」
「具体的状況において防衛行為の必要性が要求されるのであって、侵害排除のために必要不可欠な対抗行為、より侵害性の低い侵害排除手段が存在しないという意味での侵害排除の必要性という概念で正当防衛の限界付けを検討する見解がある(いわば必要性一元説。山口・前掲69頁、同・刑法総論初版120頁参照)。」
「必要性は、侵害が継続している限りにおいて肯定されるものであり、侵害が終了した段階では侵害排除の必要性はなく、にもかかわらず、反撃行為を継続することは、「防衛の程度」を越えたものであり、量的過剰の問題となる」
必要性と相当性と過剰防衛
「他方、具体的状況において、素手の侵害者に対してナイフで対抗するなど防衛手段が必要最小限度性を越え、相当性を欠いて「防衛の程度」越える場合は、質的過剰の問題となる。
すなわち、必要性の欠如=量的過剰、相当性の欠如=質的過剰という理解をすることにより、両者を固有の概念として理解する意義があるのであり、必要性・相当性の二元的理解はなお、維持すべきと思われる。」以上引用抜粋。
必要性相当性について議論があるところ、いずれにしろ防衛行為の必要性相当性は侵害行為が現在進行形で行われている時点の問題であり、防衛行為を行う前提上の問題である。これは侵害が行われているかいないかという次元ではなく、その状況下の次元である。
当該防衛行為を行わざるを得ないような状況という観点からみると、相手をこの機会にやってしまおうというのは、特に侵害行為が行われる前に考えているとすると、ある意味計画的犯行だとも言える。
急迫という日本語の意味に引きずられると本質が見えなくなるが、加害意思がある場合に防衛行為を行わざるを得ないような状況だったとはやはり言えない場合が多いだろう。
この点日本語としての急迫性があるかないかと言われれば、いや、現実にボコボコにされているのに急迫性なしっておかしいでしょとなる。
このように考えると積極的加害意思があっても防衛の意思が即否定されるものでもないし、急迫性の有無を考える時の判断基準は総合的な考慮が必要だと言えるから行為者の意思も含まれることになり、積極的加害意思があれば侵害の急迫性が失われるとする理屈も腑に落ちる。
本題に戻ろう。
第一場面の乙の③の行為は積極的加害意思があり、正当防衛の成立に必要な侵害の急迫性がないので傷害罪にあたる。
とは言え、出題の趣旨をみると、乙丙に共謀が成立するかどうかをまず検討した方がよさそうだ。
確かに正当防衛かどうかはその後の話だな。
しかし、そうなると第三場面までみてから逆算したほうがいいのか。いや、わけわからなくなるので場面ごと各々で検討して整合性をとったほうがよさそうだ。
そもそもこれは喧嘩逃走では?その昔喧嘩闘争については正当防衛の議論を入れる余地なしという大岡裁きみたいな判決があったようだが、今はケースバイケースのようである。
共謀が成立するかしないかの結論は具体的事実をきちんと当てはめていればどっちでもいいだろう。勿論後々続く問題と論理的整合性を持たせられればの話だが。
個人的には共謀は成立していないとする。
第二場面
出題の趣旨などをみても第一場面と一連の正当防衛として検討する必要がありそうだが、そもそも第一場面で正当防衛の成立は否定していた(笑)多分検討したほうが論文の模範解答としてはいいのだろう。いわゆる悩みを見せるとかそういうやつだな。
紹介されている判例
この判例の事案は端的に言えば量的過剰が成立するかという事案である。
つまり、本問のように一連の行為のように見えるものであっても実質的に別個の行為なら、そもそも量的過剰とはならない。
量的過剰は侵害行為が終了しているのに防衛行為を継続することであるが、侵害行為が終了すればイコール正当防衛自体がそれ以降成立しないとするものではない。侵害行為が終了すれば急迫不正の侵害がそもそもなくなっているのだから正当防衛自体が成立しないのでしなければ量的過剰もあり得ないことになる。
※侵害行為がなくても急迫性は存在する場合がある。侵害行為がなければ急迫性がないわけではない。
量的過剰について過剰防衛が成立するのは量的過剰について認識のない場合なのかそれとも認識のある場合か。認識があればもはやそれは故意犯として刑を減免するのか。或いは過剰認識がなければまとめて正当防衛で処理するのか。
「過剰防衛が成立するためには、行為者が過剰性の基礎となる事実を認識して反撃行為を行った事を要する。(この点について誤認があるばあには誤想防衛が成立する。)」刑法総論講義案P209
あくまで防衛行為の必要性、相当性以外の要件をみたす過剰防衛は故意犯である。
時間的場所的連続性があっても行為の一体性は否定される?
少し気になった点。
「本問では,第1場面と第2場面では時間的・場所的連続性は否定し難い
第2場面で乙が甲に切り付けた時点では,甲はそれ以前から全速力で逃げ出しており,もはや侵害が継続していたとは認められず
乙の防衛の意思も認定し難いことから,行為の一体性を否定し,傷害罪に問うことになろう」
「否定し難い」とは否定の否定で肯定だろう。~しがたい
従って時間的場所的連続性は肯定されると読むのが素直だろう。
しかし、行為の一体性を否定しているので、この場合は時間的場所的連続性はあるが、行為自体が分断されているという意味だろうか。多分そういう意味なのだろう。逆に言えば時間的場所的に接着していても行為の一体性が否定される場合もあるということになるな。
正当防衛と共謀
丙の罪責については第一場面で共謀を認定するかしないかでまた変わってくる。
その共謀についてはあくまで正当防衛の限度で成立するとするようだ。しなくてもいいだろう。
問題は第二場面においてその共謀がどのようになるのかである。
共謀と言うと離脱しているのかしていないのか、などとなりがちであるが、紹介判例を見ると、離脱ではなく新たに共謀が成立するかどうかで判断しているようだ。平成6年12月6日
要するに、侵害行為が終了しているのになおも防衛行為を継続した場合(量的過剰)とは違い、行為の一体性が否定され正当防衛行為自体が終了している場合は、続く行為はもはや防衛行為ではなく新たな行為とみなすからだろう。
「被告人に関しては、反撃行為については正当防衛が成立し、追撃行為については新たに暴行の共謀が成立したとは認められないのであるから、反撃行為と追行為とを一連一体のものとして総合評価する余地はなく、被告人に関して、これらを一連一体のものと認めて、共謀による傷害罪の成立を認め、これが過剰防衛に当たるとした第一審判決を維持した原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反す
るものと認められる。」
従って一連の行為と認められれば、新たに共謀が成立しなくても共謀が継続していると考える余地がある。
自招侵害
自招侵害についても言及する必要があるということだ。
平成20年判決
「被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである」
判決文では急迫性がないとは言わずに正当性がないという言葉を使っている。
確かに正当防衛と自招侵害で指摘されているように正当性を急迫性に読み替える、或いは集約して理解する事もできそうだ。
しかし、判決文では第一審(?)で急迫性がないとした点を引用しているにもかかわらず、それを敢えて使っていないのでやはり明確に違うという事なのだろう。
判決の事案では
①被告人がAに暴行しすぐ逃走
②Aが追いかけて被告人に暴行
③被告人が反撃←この部分が傷害に問議されている
③の行為に正当防衛が成立しない理由が反撃行為に正当性がない(正当防衛の成立のための)としている。
②のAの行為は①の行為と一連の行為であると認定している。
もっとも②のAの行為について正当防衛が成立するとしているわけでもない。恐らくこの行為は急迫不正の侵害にあたるのだろう。※急迫性がないとも不正の侵害がないとも言っていないことから。
②の行為に対して反撃することに正当性がない、ということはつまり反撃してはいけないとも言える。
反撃する必要がないということは言い換えれば防衛の必要性がないとも言えそうだ。
通常防衛の必要性は量的過剰の話だが、そうなると過剰防衛の話になってしまうのでやはり判例はそう考えてはいないことになる。
このように考えていくと、正当防衛の成立のために一般的に要求されている要件とは別に反撃行為が許される正当な状況が必要だと言えることになる。
反撃行為の過剰の問題はあるにしても、通常は急迫不正の侵害があればそれ自体の肯否が問題とされることはないだろう。
要件に合致していないのか、要件に合致しているが例外的な事例とみるのか。
また、判決は「Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては」と言っており、自招侵害はすべて正当防衛を否定するものではない。
確かに自招侵害において反撃行為が全て違法だとすると、例えば相手が包丁を使ったり、拳銃を使った場合にも反撃してはいけない、或いは防衛行為を行うと違法となるのはおかしい。
しかし、相手の反撃行為が自招行為より大きければ、それに対する反撃、或いは防衛行為に正当性がある、というのも変な話である。
むしろ、この場合は相手の反撃行為が自招行為に対して相当性があれば正当防衛が成立し、それに対して反撃行為をしてももはやそれは(相手の反撃行為)侵害ではなく、正当防衛も緊急避難も成立しないとしたほうがいいだろう。
自招行為に対する反撃行為が相当性がない場合はその行為は過剰防衛となり、そもそも過剰防衛は違法行為であるのでそれに対する反撃、防衛行為は正当防衛の要件を充たせば正当防衛とすればよい。
いずれにしろ、議論がある判決のようで答えが出ていないものについては深入りしても得るものは少ない。
何が問題とされているかが分かっていれば良いだろう。
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