司法試験論文刑法採点実感出題の趣旨から振り返って勉強する

  1. 平成20年
  2. 共同正犯と共犯(幇助)の違い
    1. 共謀とは
      1. 他人の犯罪と自分の犯罪
  3. 共犯の錯誤について確認
    1. 重なり合う限度とは
      1. 構成要件の実質的重なり合いの認められる類型
        1. 罪数の確認
  4. 共犯の錯誤において各々に成立する罪名について
    1. 事後強盗の罪数
  5. スタンダード100参考答案を見て
  6. 深く考えると余計混乱してしまう問題 追記
  7. 平成21年
  8. 窃盗の占有と横領の占有
    1. 刑法上の占有
      1. 昭和の窃盗に関する短答問題
        1. 共同占有?
        2. 置き忘れと紛失
        3. 他人に賃貸中の自己の物
  9. 占有離脱物横領と窃盗の区別、湖底に落としたダイヤの指輪
    1. A 電車内に置き忘れられた鞄 と B 銭湯のロッカーに忘れた財布
    2. 横領罪の占有
      1. 預金についての占有
  10. 間接正犯と共犯の錯誤
    1. 共犯の錯誤の本質
      1. 間接正犯の実行の着手時期
      2. 間接正犯は実行者が行った別の犯罪の罪責を負うのか問題
        1. 成立する罪と科刑の問題
        2. 幇助も共犯と身分に入るのか問題・65条1項に言う共犯の意義
        3. 身分犯の処理の仕方
  11. 狂言強盗について
  12. 業務妨害罪の業務とは
    1. 強制力を伴わないような公務は威力業務妨害罪の対象になる
    2. 非権力的公務も偽計業務妨害の対象になるのか
    3. 威力
    4. 公務執行妨害罪の暴行
    5. 暴行罪の暴行とは
    6. 威力と公務執行妨害罪の暴行
      1. 業務妨害罪に言う権力的公務とは
      2. 業務妨害に言う故意とは
        1. 故意と目的
  13. 平成22年
  14. 不真正不作為犯と保護責任者遺棄致死
  15. 過失犯の共同正犯
  16. その他の論点

平成20年

出題の趣旨

共謀共同正犯の成立要件ないし共同正犯と幇助犯の区別の判断基準等を念頭に置いて,本問の具体的事実関係の中から評価に値する事実を抽出し,要件に当てはめることが求められる

甲乙間の共謀ないし共同実行の意思の内容にも留意し,甲乙が想定していた金品奪取の態様や奪取対象となる金品の範囲を明確に意識しておく必要がある

甲の罪責について
はA方に入った行為及び書斎の机の引き出しから300万円を取り出してジャンパーのポケットに入れた行為について構成要件への当てはめ
Bにカッターナイフを示すなどした上,現金2万円を奪った行為については,反抗を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫の有無等を中心に,必要かつ十分な具体的事実を抽出して法的評価を示す必要
Bが居間から逃げ出し,玄関を出た直後に転倒して怪我をしたことについては,強盗の機会性の有無や因果関係の有無等に留意しつつ,具体的事実を示しながら強盗致傷罪の成否を検討
Bが乙から殴る・蹴るなどされて死亡したことに関し,甲が罪責を負うか否かについては,乙との共犯関係に基づく帰責の可否
甲に成立する強盗罪固有の枠組み(強盗の機会性ないし因果関係等)による帰責の可否

乙の罪責について
甲乙間の共犯関係を前提として,甲によるA方への侵入と300万円の窃取に関する罪責を示す
甲がBにカッターナイフを示すなどして2万円を奪った行為等については,甲乙間の共犯関係の内容を踏まえ,乙が予見していた事情と実際に甲が行ったことの間のずれの有無とその内容を的確に示した上,予見と異なる事態が生じた場合における乙の罪責を本件に即して具体的に論ずること
乙がA方前路上でBを殴る・蹴るなどして死亡させたことについても,その段階において乙に成立する犯罪を念頭に置きながら,適切な犯罪を選択した上,その犯罪の構成要件要素を示しつつ,設問から抽出した具体的事実をこれに当てはめることが必要

罪数について
甲乙に成立する個々の犯罪を前提に,これらに関する罪数評価及び共犯の成立範囲を的確に示すことが必要である

採点実感

甲がカッターナイフの刃をBの目の前に突き出した行為は脅迫罪,甲がBに「静かにしろ。」等と言った行為は強要罪,甲がリビングボードに近づいた行為は,新たな別個の強盗(未遂)罪のように,事実のとらえ方が不適切な答案が目に付いた

問題文に記載された事実を書き写しただけで,「以上からすれば,強盗罪が成立する。」等と結論を示し,構成要件要素の法的な説明や挙示した事実の評価が抜け落ちているため,結論に至る筋道ないし思考過程が十分に読み取れず,高い評価を与えられない答案が相当数あった

甲乙の事前共謀の内容は窃盗であるとしても,結論的には,甲にも乙にも強盗罪ないし事後強盗罪が成立するのであるから,Bの死の責任を甲に負わせられないのは不当ではないかという問題意識を示しながら,甲乙間には強盗の共謀がない以上,強盗罪の共犯として責任を負わせることはできず,また,甲に成立する強盗罪との関係でも因果関係等を認定できない旨事実を示しつつ検討した秀逸な答案があった
※結論的には強盗罪ないしは爾後強盗罪が成立するとしながら、甲乙間に強盗の共謀がない以上強盗罪の共犯として責任を負わせることができず ?

乙の罪責については,まず,甲との共犯関係の内容を前提に,A方内での甲の強盗行為に関する乙の罪責を論ずることになるが,大半の答案は,「乙に強盗(致傷)罪は成立しない。」あるいは「乙には窃盗罪の限度で共同正犯が成立する。」と論ずるのみであった
そこでいう「窃盗罪」とは300万円の窃盗であり,2万円に関しては責任を負わないという趣旨なのか,それとも,302万円の窃盗の限度では責任を負うという趣旨なのかを明らかにしなければ乙の罪責を正確に認定したとはいえない

乙に事後強盗(致死)罪が成立し得ることについては多数の答案が指摘していたものの,反抗抑圧に足りる程度の暴行といえるか,財物奪取と暴行との関連性は認められるかという点にまで目を行き渡らせて具体的に論じている答案は多くはなかった

乙のBに対する殺意を無理に認定していると思われる答案が散見されたほか,乙の罪責を認定するに当たって,理解不十分なまま,承継的共犯や片面的共犯等の概念を用いている答案もあった

これまで読んだ採点実感の中では正直もっとも低レベルだと感じた。勿論答案が、である。
何の理由付けもせずにいきなり犯罪を認定していたり、勘違いではなく、おそらく間違って理解していると思われるものが多いのだろう。
短答常連落ちでさえこう思ってしまうのだから相当レベルが低いと言わざるを得ない(そういうのは受かってから言おうね(笑))

さて、問題を見てみよう(見てないんかい(笑))
刑法論文問題

出題趣旨を見ると、窃盗について甲乙の共犯関係を前提としてあるが、共謀共同正犯なのか、幇助なのか
また、「理解不十分なまま,承継的共犯や片面的共犯等の概念を用いている答案もあった」とあるが、窃盗の共謀共同正犯であるとして、甲がカッターナイフを用いて行った行為の罪責を乙に負わせるかどうかいわゆる共犯の錯誤と、Bが逃げるさいにケガを負ったこと、そして、乙がBの逃走を防ごうとして結果Bを死亡させている行為は乙の事後強盗で、これは甲のカッターナイフで強盗した行為とは別の強盗になり、かつ窃盗の共謀共同正犯だとすると甲は強盗と事後強盗の罪責も負うのか。※そもそも甲の行為は事後強盗ではない
もう混乱(笑)低レベルとか言ってすいません(笑)

共同正犯と共犯(幇助)の違い

事前共謀が成立していたら共同正犯になるのは分かるが、そもそも共同正犯になるような共謀って何を共謀していれば成立するのか?共謀って何?という事が分かっていない。

共謀とは

共謀があったと認定されると実行行為を行っていなくても共同正犯になってしまうからえらいこっちゃである。
共謀とは次の2ついずれも具備しなければならない
〇各関与者がそれぞれ他の関与者と協力し特定の犯罪を言わば自分たちの犯罪として共同遂行しようという認識
〇各関与者の共同犯行の意識につき相互に意思の連絡が存すること、
※犯罪の遂行につき協力を求められこれに応諾した事実があっても犯罪計画の重要部分を知らされていないような場合には意思連絡があったとは言えない。
片面的共同正犯は成立しない。場合によって片面的幇助犯が成立する可能性はある。 刑法総論講義案改訂版P314
幇助犯
端的には他人の犯罪を容易にするものが幇助というイメージでよさそうだ。刑法総論講義案改訂版P348

他人の犯罪と自分の犯罪

では、他人の犯罪と自分の犯罪の区別はどうするのか?他人の犯罪とか自分の犯罪のほうが余計わからなくなる。
結局共謀共同正犯に言う、犯罪の重要な部分について何も知らされていないような場合に、正犯の実行行為を行わないような場合は幇助と見ていいだろう。

これを本問についてみると、窃盗の実行は行ってはいないものの、犯罪の計画自体一緒にやってるし、何なら金の在処どころか、家にいない時間、果ては車で送っていくし、下見はしてるしで完全に共同正犯やないかーい。

さて、次は甲さんがカッターで強盗しちゃった行為について、問題は乙さんがその罪責迄負うのか?
採点実感で秀逸答案として紹介されていて腑に落ちなかった部分は多分こういうことなのだろう。
甲には当該行為で強盗成立、乙はその後Bさんを死亡させてしまった行為で別途事後強盗成立。で、秀逸答案はBさんの死の責任を甲にも負わせたいが云々かんぬんで高評価。別に両者に強盗と事後強盗が成立するという意味ではなさそうだ。司法試験員会も結構紛らわしい書き方してますね(笑)

共犯の錯誤について確認

抽象的事実の錯誤の場合
本問のような窃盗の共謀にもかかわらず、別の犯罪を犯した場合

重なり合う限度とは

法定的付合説によって、重なり合う限度で共同正犯が成立
地味に問題なのは罪名がどうなるかであり、このあたりは恐らく理論的に説明ができないためか説が定まっていないもよう。罪名一致は要求されないということで本問のような場合は甲には強盗の共同正犯、乙には窃盗の共同正犯のようになるが、少し腑に落ちない。
甲については窃盗と強盗が重なり合うかと言うと、いずれにしても乙は強盗について責を負わないのならわざわざ甲に強盗の共同正犯を成立させなくても、甲に窃盗の共同正犯を成立させて甲には別途強盗の単独犯、乙には事後強盗の共同正犯でもよさそうだが。※最決昭54.4.13百選88の事案では殺人を犯した者については殺人の共同正犯とし、その余の者は傷害致死の共同正犯としているようだ。刑法総論講義案改訂版P363
また、重なり合いと一口に言うが何をもって重なっていると言うのか?窃盗と強盗が重なり合っていると判断されているようだが、個人的には窃盗と強盗では罪質が根本的に違うと思う。

構成要件の実質的重なり合いの認められる類型

刑法総論講義案改訂版P121

①基本となる構成要件と加重・減軽
殺人罪と同意殺人
②一方の構成要件が実質的に他方の構成要件を内包しているという関係
殺人罪と傷害致死罪 強盗罪と窃盗罪 強盗罪と恐喝罪 窃盗罪と占有離脱物横領罪
③犯罪の客体の類似性、客体を除く他の構成要件要素の同一性、保護法益の同一性、罪質の同一性、法定刑の同一性等の観点を総合して両罪が同質的な犯罪であると認められる場合
虚偽公文書作成罪と公文書偽造罪 覚せい剤輸入罪と麻薬輸入罪

本問の強盗罪と窃盗罪は一方が他方を内包しているという判断のようである。少なくとも罪質が同一ということではないようだ。
しかし、そうなると甲は強盗(強盗致傷)一罪が成立するのか。
窃取したものを取り返されるのを阻止しようとしたとか逮捕を免れるための暴行脅迫ではないため事後強盗ではない。
強盗と窃盗が重なりあうという判例をまず見てみよう。

最判昭25.7.11刑集4巻7号1261頁
犯罪の故意ありとなすには、必ずしも犯人が認識した事実と、現に発生した事実とが、具体的に一致(符合)することを要するものではなく、右両者が犯罪の類型(定型)として規定している範囲において一致(符合)することを以て足るものと解すべきものであるから、いやしくも右Bの判示住居侵人強盗の所為が、被告人Aの教唆に基いてなされたものと認められる限り、被告人Aは住居侵入窃盗の範囲において、右Bの強盗の所為について教唆犯としての責任を負うべきは当然であつて

窃盗を教唆されて強盗を働いたようで、窃盗したのち強盗を働いたものではない。

罪数の確認

次に罪数を確認する。
窃盗後の強盗未遂についての判例。

 大阪高判昭和33年11月18日第11巻9号573頁
所謂居直り強盗即ち犯人が財物を窃取した後引続き犯行の現場において強盗の犯意を以つて同一被害者に対し暴行又は脅迫の手段を講じて更に財物を強取しようとしたが、遂げられなかつた場合には、窃盗の既遂罪と強盗の未遂罪とを包括的に観察し、単に重い強盗の未遂罪のみによつて処断すべきである

※追記
この事案は居直り強盗であるが、窃盗の後に強盗行為も行っているので本問の甲と同じである。
包括一罪となると結局窃盗は成立しないことになる。

窃盗と強盗は包括一罪が成立する(処断刑は強盗のみ)、そうすると甲は強盗の共同正犯で乙は窃盗の共同正犯でいいのか?

共犯の錯誤において各々に成立する罪名について

ここで注意が必要なのは共犯の錯誤における罪名である。成立する罪名は違ってもいいというのはなんとなく理解できるものの改めてみると問題点が多い。
リーディングケースとして紹介されている百選88は殺人の共同正犯と傷害致死の共同正犯としている。傷害致死は殺人に吸収されるものではないのである意味分かりやすいが、本問のように包括一罪として処断されるような罪の場合はという表現がされているものの、本来別個の罪が成立する行為である。共謀がある部分についての共同正犯が成立するのは当然として、実質的に重なり合う部分についても共同正犯が成立する。この場合は自分が犯していない罪についても重なり合う部分についての罪責を負うという意味である。
そうすると百選88のような場合は死亡についても重なり合う限度で軽いとされる傷害致死の罪責を負う、というのは理解できる。
また、窃盗を教唆したのに実行犯が強盗を働いた事件で教唆犯に窃盗の教唆の罪責を負わせるのも分かる。
しかし、窃盗の共謀をして一方が強盗を犯してしまった場合、教科書的な公式では窃盗と強盗は重なりあうから重なりあう部分で軽い方の罪責を負う、というのであれば結局窃盗の罪責(罪名?)になる。
つまり、窃盗と強盗が重なり合う部分があるとしても窃盗の共謀しかしていないものには結局強盗の罪責(罪名か?)を負わせることはできないことになる。
しかし、スタンダード100のように強盗が奪取した2万円について軽い罪の窃盗を成立させることになる。
暴行傷害の共謀で一方が殺人を犯した場合に死亡の結果を帰責させるために傷害致死を認定するのは死亡の結果を帰責させるためなので、本問のような場合も2万円の強盗の結果を帰責させるために窃盗の共同正犯として(窃盗と強盗の間に入る罪がないため)、要するに乙は302万円の窃盗が成立する。
このときの罪名はどうなるか。百選88では殺人を犯した者は殺人の共同正犯一罪のみである。そうすると、本問の場合も甲には強盗の共同正犯一罪のみの成立でいいことになる。もっとも結局罪数の処理のところで窃盗が強盗に吸収されるので問題ないとも言えるが、判例の理屈から言えば甲には窃盗、あるいは窃盗の共同正犯は成立しないはずである。
自分があずかり知らない事であっても基本の犯罪を共謀、もしくは共同して行っていたら軽い罪は責任を負わせちゃいますよ理論から言えば、乙の行った事後強盗(致死)についても事後強盗と言うからには窃盗を行っており、窃盗は甲と共謀しているから本来致死の結果も重なり合う部分で軽い罪の共同正犯が成立するはずである。そうすると、事後強盗は強盗として論ずるわけであり、また死亡させているから結局甲には軽い強盗致傷の共同正犯が成立するとした方が自然ではないだろうか。
しかし、採点実感によれば甲乙間には強盗についての事前共謀がない以上その責任は負わせられないという答案が秀逸と評価されているのでそういうことなのだろう(乙についての事後強盗はまったく別個の評価になっているようだ)。しかし、それを言えば甲の行った強盗についても事前共謀はないし、もっと言えば、共謀がなくても軽い罪について責任を負わせるのがこの共犯の錯誤の話ではなかろうか。
そこで百選88のケースを今一度見てみる。https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/203/050203_hanrei.pdf
「被告人Cら六名につき、刑法六〇条、一九九条に該当するとはいつているけれども、殺人罪の共同正犯の成立を認めているものではないから」
殺人の未必の故意を持っていなかった者については傷害致死で処断する(成立する)で間違いないようなので、共謀部分について共同正犯が成立して重なり合う部分で別個に犯罪が成立するわけではないようだ。
そうすると、やはり窃盗が成立するするとしているのはおかしなような気がするが、成立させて一罪で処断するなら問題ないという事かしら。

しかし、乙がBさんを死なせてしまった事後強盗の部分はどうなるか?窃盗と強盗が包括一罪なら事後強盗もそうなり、乙は窃盗の共同正犯ではなく事後強盗の共同正犯ということか?
まず条文を嫁、いや読め

(事後強盗)
第二百三十八条 窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために、暴行又は脅迫をしたときは、強盗として論ずる。

ということで結局甲は強盗の共同正犯、乙は事後強盗の共同正犯というヘンテコな結論に至ってしまう。
これでいーんですか(笑)

事後強盗の罪数

http://www.ls.kagoshima-u.ac.jp/ent-exam/data/old-test/ent-exam/23/a/kisyusya/syushi/keiho.pdf
事後強盗罪の成立を認めた場合は、住居侵入罪、窃盗罪、事後強盗罪が成立
し、窃盗罪は事後強盗罪に吸収され(罪数上、窃盗罪の成立に言及せず、事後強盗罪の成
立にのみ言及し、それと住居侵入罪との牽連性を論じたとしても間違いではなかろう)、こ
れらと住居侵入罪とは牽連犯となる。

スタンダード100参考答案を見て

解答例を探そう。 そうしよう。
適当なものがない・・・が、スタンダード100を持っていた。ラッキー(まるで忘れていた100円を見つけた時みたいである)
参考答案を見て唖然。
なんと乙には2万円に対する窃盗の共同正犯が成立するという。しかし窃盗罪の限度で共同正犯が成立すると言いながら2万円の部分は強盗なので、強盗の部分まで共同正犯として罪名を窃盗と言っているに過ぎないと思うのだが。
また、甲は窃盗(共同正犯)と強盗(致傷)が成立しているようである。
乙の事後強盗(致死)については乙の暴行については共謀があったとは言えず、当初の共謀とは因果性もなく責めは負わないとしている。
乙については窃盗と強盗で重なり合いを認めているのに甲については窃盗と事後強盗の重なり合いはないと見ているのだろう。いや、事後強盗を窃盗とは切り離しているとも言える。
いずれにしろこれで合格レベルという事なのでひとまず安心する。いや、そういう問題ではない。

深く考えると余計混乱してしまう問題 追記

改めて読み直してみるともはや何が言いたいのかわけが分からない(笑)
素直に参考答案を読んだほうが話が早そうだ。
参考答案

混乱していたのはまず甲が事後強盗を行っていたという勘違い(笑)
甲の窃盗と強盗が包括一罪になるという点に引っ張られて、甲と乙の共犯の錯誤がどの部分について成立するのか見えなくなっていた
出題の趣旨を変に勘繰って検討し、わけがわからなくなってしまった

秀逸答案を基準にすると収拾がつかなくなる場合がある(笑)

平成21年

出題の趣旨

Aに生じた合計200万円の財産的損害について
第1に,いわゆる「預金の占有」の趣旨・根拠についての的確な理解を前提に,Aの口座についての「預金の占有」が対銀行との関係での払戻権限を踏まえて甲乙各人にそれぞれ認められるか否かによって,成立し得る財産犯が異なることに留意

「預金の占有」を有する者には横領罪が成立し得るものの窃盗罪や電 ,子計算機使用詐欺罪は成立しないと解されることなどに関する正確な理解が必要

第2に,本問の具体的事実関係において甲乙にAの口座の払戻権限が認められるか否かなどについて的確に事実を評価した上で,これに法的な当てはめを行い,甲乙に成立し得る財産犯を確定することが必要

問題文に記載された各事実関係のうち,どの事実が甲乙の「預金の占有」の有無を基礎付ける事実で,どの事実が甲乙の「 占有の)業務性」の有無を基礎 (付ける事実であると考えているのかが分かるように「事実を摘示しつつ」犯罪構成要件要素が充足されるか否かの結論を導くことが求められている

実際に合計200万円の預金払戻等に及んだのが乙である上,甲が当初認識していた事実と実際に生じた事実との間にそごが生じていることから,乙の行為について甲が刑事責任を負うか否かに関し,いかなる理論構成によるべきか,間接正犯や共犯の各成立要件を踏まえて検討することが必要
その際,正犯がだれであるかが問題となり,甲を教唆犯,乙を正犯とする考え方のほか,甲を間接正犯,乙を故意ある幇助道具とする考え方などがあり得るところ,後者の考え方によるには乙が甲の意図を認識している点や乙に正犯性を認め得るのではないかとの点が障害となり得ることに留意
さらに,乙による120万円の払戻行為に関する甲の刑事責任について,前記そごを理由に因果関係や故意を否定し得るのかどうかの検討も重要

甲乙の罪責に関する構成によっては,共犯と身分に関する処理が必要

取り分け,甲が乙を自動車のトランクに閉じ込めた行為について,乙がこれを承諾していることが監禁罪の成否に与える影響に関する理論的な対立に留意

採点実感
ア 甲乙の関係について
答案の問題点列挙
① 甲が,乙の行為及びその結果に対し刑事責任を負うためには,甲乙の関係につき,間接正犯か何らかの共犯の成立が必要であるのに,これらの点に関する言及がないまま,Aに生じた財産的損害について甲に財産犯の成立を肯定する
②犯罪既遂後の乙の関与をもって従犯の成立を肯定したりするなど,犯罪が既遂に達した後の関与等を根拠に共犯関係を肯定する答案
③ 甲乙に成立するとする犯罪が食い違うのに,それに関する説明が全くなされていない答案。例えば,80万円の損害について,甲に業務上横領罪の教唆犯を,乙に電子計算機使用詐欺罪の正犯を認めるもの
④甲の指示行為と乙による120万円の払戻行為との間の因果関係や錯誤の検討もないまま甲の責任を否定する答案

イ 財産犯の理解について
① 横領未遂罪の成立を認める答案や80万円をAの口座からBの口座に直接振り込んだ行為を窃盗罪とする答案。
② 同一の被害について,特段の問題意識を持たないまま複数の財産犯の成立を認める答案。
例えば,80万円の送金行為につき,背任罪,横領罪,電子計算機使用詐欺罪のすべてが成立するとするもの
③ キャッシュカードや通帳等の横領罪の成立を認めるのみで,Aに生じた合計200万円の財産的被害に関する犯罪の成否を検討していない答案。
④ 横領罪と背任罪の関係について,そのいずれを検討すべきか,両罪の区別に関する一般論を長々と論じる答案。
⑤ 甲の乙に対する指示時点で預金の横領が既遂に達するとする答案。この結論には,理論的にも実質的にも無視し得ない様々な問題(例えば,乙の行為前にAが預金を払い戻したり,第三者が預金を差し押さえたりした場合に,横領の被害をどう考えるのかなど。)がある

ウ その他
① 狂言行為それ自体がAに対する背任罪を構成するとした答案。本問で示された具体的事実関係において,果たして背任罪の構成要件の充足を判断できるか疑問と言わざるを得ない。
② 具体的事実を構成要件に当てはめる際,抽象的に要件を充足することを指摘するのみで,具体的にどのような法的構成なのか分からない答案。
例えば,「自己の占有する他人の物,の要件を満たす」旨の結論だけを示し,具体的に,占有の対象が「Aの口座に預金として預け入れられた現金」たる物であることや,その所有者・占有者がだれであるかが明示されていないもの。

採点実感をざっと読んで感じたのは試験委員はおかしな結論であってもその結論が論理的に成り立つのかきちんと向き合っているようだという点。
これは詰まる所、判例がこう言っているのだからこうなるに決まっていると一刀両断にはしていないので、ある意味論理的整合性がきちんと取れていれば、完全オリジナルの説でも及第点はくれそうな感じである。もっとも、きちんと理解しているという事が示せていないなら、単なる苦し紛れの珍解答扱いされてしまうかもしれない。

問題

一旦整理
業務上の占有 甲 あり 乙 なし
甲の認識 業務上横領の間接正犯の意図
乙の認識 甲の業務上横領については幇助行為(共犯と身分の問題) 自分の借金返済は横領?窃盗?

出題趣旨では預金の占有について言及されているが、その前にそもそも横領に言う占有って何?(笑)
乙が通帳などを預かっている事は業務上の占有にあたらないのはなんとなく分かるが、これは占有と言えるのかどうかさえ分からない事に気づく。

また、「甲が当初認識していた事実と実際に生じた事実との間にそごが生じていることから,乙の行為について甲が刑事責任を負うか否か」とあり、間接正犯や共犯の成立要件を踏まえて検討しなければならない
このとき、「甲を教唆犯,乙を正犯とする考え方のほか,甲を間接正犯,乙を故意ある幇助道具とする考え方などがあり得る」とある甲を教唆犯にするという発想は全然なかったが、よく考えてみるとこれは間接正犯の教科書事例。

そして乙の罪責にもからむがやはり占有が大きなキーワードとして浮上するのでまず、占有について確認しなおそう。
また、実行の着手についても確認

窃盗の占有と横領の占有

刑法上の占有

占有の定義 人が物を実力的に支配する関係 最判昭32.11.8集11-12-3061
民法の占有より現実的な支配 自己の為にする意思不要 他人のために物を所持する者でも刑法上は占有者となる
民法上の代理占有での占有取得や相続による概念的な占有移転は認められない。
主観的要素の支配意思と客観的要素の支配の事実が必要。条解刑法P650
上下主従の間の占有
上位者に占有あり 下位の者にある程度の処分権限があれば下位の者に占有が認められる

昭和の窃盗に関する短答問題

共同占有?

昭和49-75短答
甲は乙とアパートの1室に同居し、乙と共同で購入したタイプライターを一緒に使用していたが、乙にだまって勝手に持ち出し古物商に売却した。

甲は窃盗か否か
共同占有者の領得行為は窃盗罪 条解刑法P737 華麗に間違えたが、恐らく共同占有者は自分が使用している間(占有している間)は委託信任関係に基づいて預かっているわけではないから、かな。

置き忘れと紛失

昭和50-48
下宿人が腕時計を紛失したということを聞いていた下宿屋の女主人が、ある日下宿人が外出した部屋の掃除をしたところ、本箱のうしろに落としていた腕時計を発見し領得した。

湖上遊覧船の乗客が水中に落としたダイヤの指輪の回収を依頼された線水夫は湖底でその指輪を見つけたが、依頼主には見つからなかったと言いこれを自己のために領得した。

窃盗罪は成立するか否か
両方成立するらしい。勿論華麗に間違えた。

持ち主の占有があるのかないのか。忘失してしまった場合は持ち主の占有がなくなる場合もあるのでその分水嶺が問題となる。が、これ明確なロジックはないようである。とは言え、こういう問題はこれからはあまりでなさそうであるが。

他人に賃貸中の自己の物

勝手に持ち出せば窃盗

占有離脱物横領と窃盗の区別、湖底に落としたダイヤの指輪

湖底に落とした物についても窃盗が成立するという。。。これは恐らく当該遺失物を探すように依頼されているから占有があると判断されたものだろう(多分)。
そこで今一度占有離脱物横領罪との違いについて確認しておきたい。

(遺失物等横領)
第二百五十四条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

ここで驚いたのは占有離脱物横領とは書かれていないことである(笑)また、横領罪の後に規定され、かつ横領という表題がつけられている事からも分かるようにあくまで占有を侵害する罪ではないようである。なんせ占有を離れた他人の物について成立するので、所有権を侵害するとしたほうがいいようだ。
とは言え、委託信任関係も勿論必要ではないが、結局どういう場合に占有を離れたと認定し、占有ありと認定するかが問題となるものの、多分明確な定義みたいなものはないと思われる(いや、定義自体はあるがそれをどのように当てはめていくかは意外に難しい場合があるといったほうがいいか)。

遺失物とは占有者の意思によらないでその占有を離れ、いまだ誰の占有にも属さない物
漂流物とはそのうち水面又は水中に存在するもの 条解刑法P746
従って上記、湖底に落としたダイヤの指輪については占有ありという判断なのだろう。
しかし、落とした事に気付かず、或いは気づいても放置していてたまたま第三者が見つけた場合は遺失物になるはずである。
共同購入したタイプライターを勝手に売却する行為は窃盗に問議されているが、窃盗の構成要件を今一度確認しよう。

(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

条文見ても何も分からない(笑)
窃取とは財物の占有者の意思に反してその占有を侵害し、自己または第三者の占有に移すこと
共同所有している場合は共有者の占有もあるのでそれを侵害しているということになるから窃盗で間違いないが、横領も成立して観念的競合で窃盗が成立するのか否か?
仮に不動産などを共同所有していて、勝手に抵当権を設定すれば横領になるのか?つまり委託信任関係がなければ横領とはならないし、占有を侵害していないから窃盗でもないはずである。
多分この場合は横領に問議されるのではないか?
横領だとすると、結局上記共同所有のタイプライターを勝手に売却した行為も横領にあたるが、観念的競合があるいは法条競合?で窃盗のみが成立するのか?

A 電車内に置き忘れられた鞄 と B 銭湯のロッカーに忘れた財布

A 電車内に置き忘れられた鞄を持ち帰った 254条の遺失物横領
B 銭湯のロッカーに忘れられた財布を持ち帰った 235条の窃盗

占有が及んでいるのかいないのかがメルクマークになるが、Bの場合の占有は銭湯の管理者である。かつ、これに加えて排他的実力支配が必要なようである。条解刑法P747
従ってAの場合も一見すると電車を運行する鉄道会社の占有が及んでいるようにも見えなくもないが、電車は一般的に誰でも乗降できるから排他的実力支配が及んでいないという解釈なのだろう。
確か、短答過去問に同じようなのがあったので確認しよう。

昭和60-63
次の物のうち、遺失物横領罪の客谷もっともなりえないものはどれか。
⑴乗客が電車の中に置き忘れたかばん
⑵浴客が銭湯の脱衣場に置き忘れた現金
⑶郵便配達員が誤配した封書に同封されていたビール券
⑷窃盗犯人が盗んで乗り捨てた自転車
⑸古墳内に納められていた宝石

勉強したあとなのですぐに正解は2と分かるが、勿論以前間違っていた(笑)
多分⑴で迷ったはずである。今ならわかる(笑)
しかし、⑶もまぎらわしい。なんせ、単に封書とすればいいところを、封書に同封されたビール券としてあるからだ。
これは預かった箱の中にあるお金をとったら窃盗か横領か問題の応用であろうか(笑)
あのロジックから窃盗のようにも思えるが、そもそも封書を預かったわけではない。すでに占有自体が離脱しているので窃盗にはならない。
と、今なら言えるが、これが数日もすれば華麗に迷ってしまうのが短答常連落ちなのである。。。

254の客体※紙屑屋が購入した紙屑の中に混入していた現金(大判大6.10.15録23-1113)条解刑法P746
占有離脱物横領と窃盗の区別、湖底に落としたダイヤの指輪

横領罪の占有

※ここに言う占有とは委託されている側の占有である
窃盗の占有より広い
法律上の支配も含む
物を委託されて占有している状態なので横領行為をしたとしても所有者の占有自体を侵害しているわけではない。
窃盗は占有を侵害してしまう。
遺失物横領も占有を侵害するものではない。

預金についての占有

金銭を委託されて預金として保管している場合は預金についての占有あり。大判大9.3.12録26-165引き出したり振り替えたりすれば横領となる。
預金通帳や印鑑、キャッシュカードを事務的に預かっているだけでは預金を占有するものとは言えない。条解刑法P737

これを本問についてみると甲には預金に対する占有はあるが、乙には預金に対する占有はなさそうだが、採点実感の答案の問題点には、「横領未遂罪の成立を認める答案や80万円をAの口座からBの口座に直接振り込んだ行為を窃盗罪とする答案」とされているので乙にも一定の処分権限ありとみてよいようだ。確かに甲は預金についてほぼ全面的に処分権限があると言ってもいいのでその甲から振込を依頼されているのでその時点で委託され預金に対しての占有があるとしたほうがいいのだろう。
いや、よく読むと80万円をBに振り込んだ点を窃盗としていたようなので、そうすると乙に窃盗が成立する可能性もありということかしら。このあたり解答例を探そう。
と、いくつかネット上にアップされていたが、そういう観点からの論証はないようだった。

間接正犯と共犯の錯誤

リコール署名の偽造バイトは逮捕され得るのか?私文書偽造と間接正犯
間接正犯と共犯の錯誤についてはかなり争いがあるが、試験問題としてだす意味はどこにあるのだろうか。
採点実感④には「因果関係の錯誤の検討がない」とあるので、利用者に実行の着手を認めているのだろうか?単に甲の正犯を否定するなら因果関係を否定するくらいの事はやれという事なのだろうか。

共犯の錯誤の本質

そもそも論として共犯の錯誤は要するに自分のあずかり知らない共犯者の罪責を負わせることができるのかできないのか問題と言える。民法では当事者にとって不公平とかそういう結果から理論を構築していく側面があるが、刑法はまず理論ありきの側面があるため、この理論でいくと変だよな、だからこっちの理論でいくか的になりがち。しかし、その理論は突き詰めれば刑法の何々主義からいくとおかしいぞ、などとなる。
試験的に言えばこういうものをきちんと理解した上で自説を展開しろ、ということなのだろう。
で、刑法の学者になるつもりなら刑法だけやっていればいいのでそういう事はいくらでもできるわけだが、一般の受験生は他の試験科目も勉強しなければならない。
とは言え、結局理解していないと論文で表現できないのだから理解するように勉強しなければならない事になる。

共犯の錯誤は一般的には共謀や共同正犯の場合に一方のみが過剰な結果を招いたときに、他方にその罪責が負わせられるかという観点が多いが、共謀がなかったり、加担犯などでも当然この問題は生じる。
間接正犯の場合は勿論共謀はないので、正犯である利用者と実行犯である被利用者の認識がどうなのかということが問題となるが、結局それは共謀があった場合と何ら変わらない事に気づく。

間接正犯の実行の着手時期

しかし、間接正犯の場合、実行の着手を利用者基準で考えると、被利用者が途中で事情を知って犯行に及んでしまうと因果関係の錯誤となって正犯であるはずの利用者は未遂になり、実行犯である被利用者が既遂になるという何ともヘンテコな結果となる。
もっとも、この議論、実行着手がどちらかは厳密な刑法の体系上はなんとでも言えるようだし、実行着手を法益侵害の現実的危険性が発生した時と言う風にすれば、ケースバイケースで無難な結論を導き出せると思われる。
これを本問についてみると、確かに、甲について乙が行った120万円の罪責を負わせることを否定するには因果関係の錯誤を持ち出す必要がありそうだ(他に否定する方法があるかもしれないが)。
従って司法試験委員会的に間接正犯の実行の着手時期は利用者基準で考えているという事はないだろう。

間接正犯は実行者が行った別の犯罪の罪責を負うのか問題

そこで、そもそも間接正犯は実行犯がまったく別個の犯罪を犯した場合その罪責を負うのか考えてみたい。
例えば本問のような事案で実行犯である乙が銀行に行って預金を払い戻そうとしたら不審がられて強盗を働いたとしてみよう。一般的な感覚からすれば正犯である甲に強盗の罪責は負わせられないと考える人が多い(多分)と思われるが、責任を負わせようと思えば負わせることができる。横領と強盗は同じ財産犯であって云々かんぬん。いろんな意味で法律の世界は怖い(笑)
結局これは法定的付合説の話になるので、重なり合う限度で軽い罪が成立するということになるだろう(横領と強盗が重なり合うかどうかは分からない)。
という事は、判例通説的な法定的付合説をとるなら間接正犯と共犯の錯誤の場合は重なり合う限度で軽い罪を成立させることになる。
これを本問についてみると、まず甲は業務上横領の認識で乙に指示を出している。そして乙は途中で事情を知って業務上横領と自己の犯罪として横領を行っている。
振込や払い戻しをする前なのでまだ法益侵害の現実的危険性は発生していない段階で事情を知っているので、甲については主観的には業務上横領の間接正犯、客観的には業務上横領の教唆となり、軽い方の業務上横領の教唆がまず成立する。
さらに乙が自己の犯罪として単純横領(業務上横領とする答案もあった)を行った点についても、法定的付合説からは甲は帰責されるが、業務上横領の教唆に吸収される。
乙については、事情を知って甲の業務上横領の幇助を行っているが、乙には業務上という身分がないので共犯と身分の問題となる。

成立する罪と科刑の問題

判例は業務上横領については、占有という真正身分犯と業務という加減身分の複合形態としており、業務という身分がない者には65条1項で業務上横領が成立し、65条2項で単純横領で処断している。しかし、この事例は非占有者及び業務上の身分がない者である。本問の乙は少なくとも占有があるので同列には論じられないが、65条1項を成立させている点を占有という身分がない者にも身分がある者と同じに扱うと言う趣旨だとすれば、占有と言う身分がある者にわざわざ65条1項を適用する必要はなく、単に65条2項を適用すればいいだけである。従って、80万円の部分について乙は単純横領が成立する。この点、65条2項に言う通常の刑を科するの意味につき争いがある。
通常の刑を科するとは身分のない者には通常の犯罪の共同正犯が成立するのか、それとも犯罪としては身分者の共犯が成立し、刑だけが通常の刑を科するのか。判例の態度も一貫していない。条解刑法P227
一見すると結局通常の刑を科されるからどっちでも良さそうに見えるが、罪数の処理などで問題が出る場合もありそうだ。
もっとも、採点実感を見てもこの点への指摘はないのであまり突き詰めて考えなくても良さそうだ。

幇助も共犯と身分に入るのか問題・65条1項に言う共犯の意義

ここまで書いてふと思う。いや待て、甲と乙は共同正犯ではない(共謀はない)。乙が行った80万円の振込行為は厳密に言えば幇助である(承継的共同正犯とすることもできるが一旦保留)。
共犯と身分の条文の共犯とは何なのか?うろ覚えである。
要するに幇助行為であっても共同正犯になってしまうのか?
この点につき、教科書的には65条1項の共犯は、加担犯だけでなく共同正犯まで含むというが、それは共同正犯の場合(身分者と非身分者に共謀があった場合)に身分がない者も身分者と同じ扱いにするという意味だろう。ここで問題にしているのは身分者に非身分者が加担した場合に共同正犯になるのか?それとも身分者について成立する罪の加担犯が成立するのかである。
実は判例にあらわれているのは共謀がある場合ばかりのようである。
「判例は当初65条1項はもっぱら共同正犯に関する例外規定であるから、教唆犯・幇助犯に対しては適用されないとしていたが」集中講義刑法総論第二版P458
なんと、一般的な表現である「共同正犯にも適用される」だと原則的に教唆犯・幇助犯に適用され、共同正犯に適用されるのか争いがあるようなイメージになるが実際は逆だった(笑)
確かに判例の言うようにわざわざ65条1項が規定されているのは共同正犯であっても身分がなければ理論上共同正犯には問えなくなり不都合であるからと考えられる。しかし、そうすると教唆犯や幇助犯はどうなるのかという問題が発生する。これは一見すると共犯の錯誤のようにも思えるが、正犯の身分のあるなしが錯誤と言えるのか疑問だし、共謀がある場合は身分者と同じ共同正犯に問議されるのに、法定的付合説をとって軽い方の教唆や幇助にしようとしても真正身分犯の場合は軽い罪は存在しないので結局罪が成立しないことになりかねない。そうであれば65条1項には教唆や幇助も含めたほうがいい事に落ち着く。
そして、素朴な疑問だった(日本中で疑問に思った人がいないようだが(笑))身分者の犯罪を非身分者が教唆・幇助した場合に成立する罪は共同正犯なのか(普通に考えればそれはないが)身分者の犯した犯罪の教唆犯・幇助犯なのか問題の結論は加担犯は身分者について成立する罪の加担犯として処理されるということで良さそうだ。

身分犯の処理の仕方

基本書などを読むと身分犯の論点はかなり難しく書かれている。学説も錯綜しているので深入りしてもコスパが悪い。
試験問題として出された場合についての処理はまず、当該犯罪が真正身分犯なのか不真正身分犯なのか確定する事が出発点である。これを適当にして正犯が身分犯で、などとやってしまうと本質を見失う。
次に正犯、加担犯を確定してその者の身分があるかないかを確定する。
そうすれば65条1項を適用すべきなのか、65条2項なのかが判別できる。後は条文の文言通り処理した方がよい。
ここで何説からはこうなるから、などとやっていると混乱すること間違いなし。
特に論文では各学説に触れなければいけないという事もなく、自分の書きやすい説で書けばいいのだから。
と、短答にも合格していない奴が申しております。

狂言強盗について

一体どういう罪にあたるのかあたらないのか。
参考答案を見てみると、証拠偽造罪、あるいは偽計業務妨害罪が多いようである。もっとも偽計業務妨害は警察には適用されないとするものもある。後は虚偽証言?みたいなものもあった。
気になったのは現場に警察官を駆けつけさせる行為について、と細かく判断しすぎているものも多く、試験委員でなくてもちょっと疑問に思った。
さて、狂言の場合はどんな罪になるのか。判例を見るしかない。
が、見つけられないというか狂言についてのまともな解説が見当たらない。こんな問題出してイーンデスカ。
こんなの発見いわき狂言強盗でっち上げ事件
笑い話で済まされない事件なので引用しておきたい。

事件の発端
1978年10月7日午前零時半ごろ、福島県いわき市の民家に強盗が押し入った。強盗は家にいた主婦の手足を縛りあげ、タンスの中にあった財布から2500円を奪って逃走した。

主婦は警察に通報し、駆けつけた警察官から事情聴取を受けた。この際、主婦は気が動転していたため、犯人の人相や襲われた状況をうまく説明できなかった。その様子を見たいわき東署の警察官は、主婦が嘘をついていると思い込み、狂言強盗事件として捜査を始めた。この初動捜査の誤りが、後のでっち上げにつながることになる。

事件の概要
初動捜査を誤ったいわき東署は、主婦を完全に犯人扱いし、3日間にも及ぶ厳しい取り調べを行なった。主婦は当初から無実を訴えていたが、警察官は全く耳を貸さず、勝手に自白調書を書き上げていった。連日の厳しい取り調べに疲弊し、これ以上拘束されることを恐れた主婦は、渋々調書にサインし、やってもいない狂言強盗を認めた。自白調書を得たいわき東署は、主婦を軽犯罪法違反(虚偽申告)で検挙し、いわき区検察庁に送致した。その後、主婦はいわき簡易裁判所で科料3000円の略式命令を受けた。

しかし、その翌年の1月、別の強盗事件で埼玉県警大宮警察署に逮捕された犯人が、余罪として、「いわき市で主婦を襲った」と自供したため、主婦の無実が証明されることとなった。

その後の顛末
いわき簡裁は、主婦に下した略式命令を取り消し、無罪を言い渡した。

また、国家公安委員会は、1980年1月の定例委員会で、「この捜査は先入観と見込み捜査が先行し、捜査に重大なミスがあった」と認め、当時の警察本部長及び刑事部長を訓戒処分とした。福島県警察も、捜査第一課長やいわき東署長らに戒告処分を下し、主婦に陳謝した。

さて、本題である狂言強盗したらどうなるか問題であるが、結局軽犯罪法違反(虚偽申告)でしか検挙できないようである。
つまり、証拠偽造とか偽計業務妨害はまったく眼中にない。いや、警察が身柄を拘束する際、あるいはその後、一体何罪で立件できるか検察にお伺いを立てているはずである。軽犯罪法の虚偽申告を改めて確認する。
軽犯罪法1条16号にありました。虚偽申告という表題はついていませんが。
十六 虚構の犯罪又は災害の事実を公務員に申し出た者
軽犯罪法はその罪を犯すと「情状に因り、その刑を免除し、又は拘留及び科料を併科することができる」とあり、いわゆる微罪にあたると思うが、3日間拘束していたようなので逮捕したということだろうか。逮捕してから3日で被疑者が自白したために解放されたと思われるが、自白していなければ送検して起訴してさらに勾留したのかもしれない。
そりゃ自白するわな(笑)
おっと脱線してしまった。

業務妨害罪の業務とは

さて、偽計業務妨害罪の話がでたが、業務についての理解が曖昧だったことに気づいたので(業務だけではないが)確認しておこう。
業務が何かというよりも業務に公務が入るのか、いや、いわゆる警察権力みたいな実力をもっている公的機関のお仕事が業務に入るのかが結局重要である。実力を伴わない公務は業務に入ると考えていいようだ。
このとき、偽計業務妨害と威力業務妨害の業務を分けて考えるような表現がされているが、もしも暴行や脅迫を使って公的機関のお仕事を妨害すればそれは公務執行妨害にあたるというだけである。

強制力を伴わないような公務は威力業務妨害罪の対象になる

県議会委員会の条例案採決等の事務について「なんら被告人らに対して強制力を行使する権力的公務ではない」最決昭62.3.12集41.2.140として威力業務妨害罪の成立を認めた。条解刑法P639
従って警察に対しては偽計業務妨害は成立しないと考えて良い。もっともこの考え方は勿論批判されているし、別に判例が偽計業務妨害罪は全て警察の業務には該当しないと言っているわけではないので(多分)警察の業務でも様々なものがあるので最終的にはケースバイケースだと思われる。

非権力的公務も偽計業務妨害の対象になるのか

※追記
警察などの権力的公務については威力業務妨害が成立しないから偽計業務妨害も成立しないと安易に結論付けたが、この点については判例も何も言っていないようだ(多分)
警察の業務であっても強制力を伴わない業務については偽計業務妨害は成立する

https://www.keiji-r.com/70faq30.html
原判決が認定した偽計業務妨害の対象業務は、飽くまで、被告人の本件行為がなければ遂行されたはずの警察職員の刑事当直等の業務であり、逃走現場への臨場や被告人の任意同行、取調べ等の本件捜査(原判決のいう「徒労の業務」。これは、正に犯罪捜査を見込んだ強制力を行使する権力的公務に当たるというべきである。)ではないことは、「犯罪事実」の記載や理由中の説示から読み取ることができるとしています。

上記事案では当直業務が偽計によって妨害された、という捉え方をしているようです。
少々技巧的に思われますが、平成30年10月30日名古屋高裁金沢支部の解説にもありますが、結局のところ強制力を伴わない業務に関しては偽計業務妨害が成立するというスタンスで良さそうです。
嘘をついて捜査させた、その捜査自体ではなく、捜査することによって日常業務が妨害された。。。もう普通に権力的公務に対しても偽計業務妨害は成立するでいいのではないでしょうか(笑)もしくは捜査妨害のような罪を別途作るとか。

また非権力的公務についても偽計を行った場合は偽計業務妨害罪は成立するのだろうか。
公職選挙法上の選挙長の立候補届出受理事務は、刑法(平成七年法律第九一号による改正前のもの)二三三条、二三四
条にいう「業務」に当たる最決平12.2.17集54.2.38
ということなので非権力的公務は威力業務妨害のみならず偽計業務妨害の対象になるようである。

とは言え、威力業務妨害罪の威力と公務執行妨害罪の暴行脅迫に違いがあるとまためんどくさいことになるので確認しておこう。

威力

人の意思を制圧するような勢力をいい、暴行脅迫は勿論、それに至らないものであっても社会的経済的地位権勢を利用した威迫、多衆団体の力の誇示騒音喧噪、物の損壊等およそ人の意思を制圧するに足りる勢力一切を含む。条解刑法P636

公務執行妨害罪の暴行

公務員に向けられた有形力の行使。間接的なもの含む。物理的、心理的なものでも構わない。208条の暴行とは異なる。
ただし、職務の執行を妨害するに足るものでなければならないが、丸めた紙を相手方の顔面付近に近づけ、相手方の座っている椅子を揺さぶる行為でもこの暴行にあたる(笑)最判平1.3.9集43-3-95 条解刑法P255
ということで暴行罪に言う暴行もみておきたい(知らんだけやな(笑))

暴行罪の暴行とは

暴行の定義でいくつか区分されているが、結構微妙な話である。
暴行罪に言う暴行とは人の身体に対し不法に有形力を行使することをいうとされているが、相手の五感に直接間接に作用して不快ないし苦痛を与える性質のものが必要。例えば通行人の数歩手前を狙って石を投げつければ命中しなくても暴行である東京高判昭25.6.10高集3-2-222 条解刑法P547
暴行罪の暴行は狭義の暴行で、公務執行妨害罪の暴行は広義の暴行に分けられているが実質的にあまり違いはなさそうだ。メルクマークとしては暴行罪に言う暴行には物に対しての有形力の行使は入っていない点だろうか。とは言え、物を蹴ったりしても近くに人がいれば不快に思うわけで、結局当該行為者が人に対しての故意があるかないかになるだろう。
そして、近くに人がいれば不快に思う事は社会通念上当然であり、そう思っても構わないという未必の故意が認定されて有罪!
さて話を元に戻そう。

威力と公務執行妨害罪の暴行

このようにみてくると威力業務妨害罪の威力と公務執行妨害罪の暴行はかなりの部分が重なっている。
決定的な違いは威力は人に対して示す必要はない点である。条解刑法P637一定の行為の必然的結果として人の意思を制圧するような勢力を用いれば足り、必ずしも直接現に業務に従事している他人に対してされることを要しない。最判昭32.2.21集11-2-877
そうすると公務執行妨害罪の暴行脅迫にあたらない威力と言うものも存在するわけで、威力を使って警察の業務を妨害した場合は公務執行妨害にはとえないが、判例の立場?からは威力業務妨害罪も成立しない。
有名なパトカーのタイヤの空気を抜くような行為(警察官が乗車していない場合)は公務執行妨害、威力業務妨害も成立しないことになる(器物損壊とか不法侵入とかは別として)。

業務妨害罪に言う権力的公務とは

これ以上深入りしても益はすくなそうなので、本問について改めて考える時、参考答案の警察官を現場に駆けつけさせる行為に限定して業務などを考える立場について、そもそも何をもってして権力的公務だとか非権力的だと言えるのか。同じ組織にいても担当する業務が違っていたりすることも多い。警察組織で言えば捜査をまったくしないような経理の人とかもいるはずだ。
参考になる考え方としては、「当該公務員の一般的な地位や権限によってではなく、実際に威力等により妨害を受けた具体的な職務の性質によって判断すべきであろう。その際には当該職務の適正な実施を確保するために、法が、職務の執行者である公務員に対して、妨害行為を強制的に制止・排除する権限を認めているかが重要な判断となろう。」条解刑法P639
そうしてみると、妨害行為を受けた業務の表面的な部分だけで判断してしまうのはやはりよろしくない事が分かる。
警察官であっても現場に駆け付ける行為自体は一見すると非権力的に見えるものの犯罪捜査の一環として現場に駆け付けている。また、当該警察官は実力で妨害を制止・排除する権限を持っている。従って、仮に通報を受けて現場に赴くと言う行為だけを切り取ってみたとしても権力的な公務だと言える。もっとも権力的な公務に対して威力業務妨害罪が成立するかどうかは別問題だが。

業務妨害に言う故意とは

気になるネット記事があった。

横浜地裁敷地に謎の車 「邪魔」と通報 複数の張り紙も
横浜地裁(横浜市中区)の敷地内の出口前に、乗用車1台が1月31日から駐車し続けている。

同地裁によると、1月31日午後に駐車しているのを把握したという。地裁は「裁判所の利用者が駐車した車と認識している」としている。神奈川県警加賀町署によると、同署に2月1日、「車が邪魔」との通報が寄せられたという。駐車場ではない場所に停車している。

車内には外側へ見えるように複数の紙が張り出されている。

地裁は「現在、対応を検討中」としている。

気になったのはこの記事に対するコメントです。

裁判所が威力業務妨害罪で刑事告発し、警察が令状を得て証拠物として車を押収し、警察署までレッカー移動させるといった展開も考えられましたが、結局、裁判所は2月3日に所有者とみられる男性に移動を要請して拒否されたとして、自らの「庁舎管理権」に基づき、その日の夜に庁舎裏手の駐車スペースまでレッカー移動させました。ただし、今後については検討中とのことですし、裁判所に対する抗議行動の一環なので、もうひと悶着あるのではないかと思われます。

元特捜部主任検事の肩書でコメントされているので無断駐車の事案で威力業務妨害罪が使えると言うことでしょう。
そうすると、巷のお店の駐車場などでもできそうですが、そういう話は聞いたことがありません。そもそも所有者が不明な場合とか、仮に逮捕しても本人が車を引き取らなかった場合、警察にずっと領置しなければなりませんね。廃車するにしても費用とかどうするんでしょうか。
また、この事案は抗議活動の一環とすると業務を妨害するつもりが認定できないのかもしれませんね。勿論認定するかどうかは裁判所なので容疑があれば逮捕はできるでしょうが。
また、所有者本人が置いたとも確定していないのかもしれません。
置き忘れたとか、人に貸していたとかなんとでも言えますしね。

故意と目的

ここで業務妨害に言う故意って何だろうという素朴な疑問が湧く。業務を妨害する目的が必要なのでは?
業務妨害罪に言う妨害行為はやはり抽象的危険犯で実際に業務が妨害される必要はなくそのおそれで足りる。
故意としては他人の業務を妨害しうる虚偽の風説を流布すること又は偽計を用いる事の認識があれば足り、積極的に人の業務を妨害する目的意思を必要としない大阪高判昭39.10.5下集6-9-10-988
結果発生の認識認容は?要するに業務を妨害しうる認識に含まれているということでよさそうだ。
どうせこの認識も本人が明確に認識していなくても一般人ならそういう行為をしたらそうなるだろう程度で認定されるのだろう。そういう意味で業務妨害の明確な意図がなくて逮捕される事例が結構あって地味に問題が多い。
従って無罪判決も結構でている。

偽計業務妨害罪の女性に無罪判決 保健所への通報めぐり「通報する疑いあった」大阪地裁
保健所に医療法人が脱税しているとする虚偽の書面を送り、医療法人の業務を妨害したとして、偽計業務妨害罪に問われた女性(41)に対する判決公判が26日、大阪地裁で開かれ、西野吾一裁判官は「疑いを抱かれてもやむを得ない状況があった」として無罪を言い渡した。求刑は罰金20万円だった。

女性は、平成27年1月、大阪市保健所に元夫が理事長を務める医療法人について「不法な会計処理をしている」との虚偽の書面を送り、保健所に調査をさせて医療法人の業務を妨害したとして起訴された。

西野裁判官は判決理由で「医療法人は一時、元夫に対する多額の仮払金が累積しており、医療法違反を疑われても仕方がなかった」と指摘。「事後的に通報内容と事実が異なることが判明しても疑いがあれば、『偽計』と解釈するべきではない」とした。

「事後的に通報内容と事実が異なることが判明しても疑いがあれば、『偽計』と解釈するべきではない」としているが、だとすると、故意がないと判断したのだろうか、否、偽計ではないとしているから業務妨害の故意はあるが、偽計にあたらないので構成要件に該当していないのだろう。しかし、そもそも不正を疑われても仕方ないとして偽計にあたらないのであれば(本当に不正があったと思った)、業務妨害の故意がないとしたほうがよさそうだ。
もっとも、通報をすることによって業務に支障が出るだろうという認識はあるので結果、故意はあるということになる。
この犯罪、意外にやっかいである。逮捕しようと思えば逮捕しまくれるな。
そこで無断駐車と威力業務妨害になる。
裁判所から通報を受けて仮に威力業務妨害で捜査するとなれば、じゃあ俺も、俺も、俺もと、かなりの数の捜査を抱えることになりそうだ。今回の事案、そもそも裁判所は警察に通報はしているので、恐らくそこらへん大人の話し合いで実行されなかったに違いない。

平成22年

出題の趣旨
A病院の入院患者Vが薬の誤投与に起因して死亡したという具体的事例について,Vを看護していた妻の甲,担当していた看護師乙及び薬剤師丙の罪責を問う
第 1
甲の罪責については,甲がVの異状を認識しながら,看護師乙ら病院関係者に連絡することなく放置し,結局Vを死亡させたことについて
甲が乙による巡回を妨害するなどの積極的な行為に及んでいるので,甲の行為を不作為,作為のいずれととらえるのかが問題
不作為とする場合は,不作為による殺人罪又は保護責任者遺棄致死罪の成否が問題となる
両罪を区別する基準として,殺意の有無によるとする考え方,作為義務の程度によるとする考え方などがある
作為義務ないし保証人的地位の発生根拠(基礎付け事情)に関する考え方を示すことが必要となる

甲に対する作為義務の有無の検討においては,単に甲がVと夫婦関係にあり,民法上の扶助義務を負うことだけで足りるとするのではなく,甲が午後2時に乙の巡回(容体確認)を妨害したことなど,具体的事情を丁寧に拾いつつ,その事情が作為義務の発生根拠との関係でどのような意味を持つのか明らかにする必要がある

看護義務は第一次的には乙ら病院側にあることを踏まえ,どのような事情があれば甲に作為義務が認められるかを論ずることが肝要

甲の不作為とVの死亡という結果との間の因果関係について,不作為犯の特殊性を踏まえつつ,事例に即して論ずる

甲に対して不作為による殺人罪の成立を肯定するためには,殺意(故意)の検討が必要となる
殺意を認定する場合には,その成立時期についても留意する必要がある。なぜなら,殺人罪が成立するには,殺意が肯定されることに加え,作為義務の発生時期,救命可能性が認められる時期(午後2時20分まで)との関係も踏まえ,これらがすべて満たされる必要があるからである

第2
乙と丙が医師Bの処方したとおりのE薬ではなくD薬を投与した上,乙がBの指示どおりにVの容体確認をしなかったため,Vが死亡するに至っていることから,乙丙それぞれについて業務上過失致死罪の成否を検討

業務上過失致死罪(刑法第211条第1項)の「業務」についての判例の理解
過失犯の理論について,事案の解決に必要な限度で簡潔に自らの考え方を明らかにした上,事例に即して,乙丙に課せられる具体的な注意義務の内容を特定する必要がある

乙丙に対してV死亡の結果の責任を問うためには,乙丙の薬品の投与に係る過失行為の後に甲の(不作為による殺人行為又は保護責任者遺棄行為という)故意行為が介在している(丙の場合は,それに加えて乙の過失行為も介在している。)ことから,因果関係の有無が問題となる
相当因果関係説,最近の判例の立場とされる客観的帰属論的な考え方など見解は様々あるところ,自らのよって立つ考え方を明らかにした上
介在している甲の行為は,故意行為とはいえ,不作為であって,因果の流れに物理的に影響を及ぼしたとまでは言い難いという点をどのように評価するか

過失犯の共同正犯を肯定する見解に立つ場合には,乙丙間に業務上過失致死罪の共同正犯が成立する余地があるが,その場合,乙と丙が共通の注意義務を負っているといえるかが問題となる

乙丙の各過失行為と結果との間に単独犯として因果関係がそれぞれ認められるとの結論に至った場合に,共同正犯を認める実益は何かという問題意識も必要

乙丙間における信頼の原則の適用についても問題となり得るが,看護師,薬剤師のそれぞれに独立して適正な薬であることの確認が求められているような体制下で,同原則を適用することの相当性が認められるか否かを検討する必要

出題の趣旨を読んで率直に感じたのは要求が高い(笑)勿論ここに書いてあることを全て網羅しなくても合格には達するだろうが。そう考えるといかに割り切って答案が書けるか(どこを切り捨て、どこを重く書くのかなど)がかなり重要になってくると思われる。

採点実感

結論を導くのに必ずしも必要ではない典型的論点に関する論述を展開する答案

高い評価の答案
(2)作為義務,救命可能性及び故意について,それぞれの時間的先後関係を意識して検討している答案,
(3)乙丙それぞれが担う業務の内容に応じて,過失犯の注意義務の内容を具体的に特定している答案,

問題点のある答案
甲の罪責について
②不真正不作為犯の成立要件に関する規範の定立を十分に行わないまま,不作為による殺人罪等の成立を認める答案

③甲に対する作為義務の検討において,甲がVの妻であって民法上の扶助義務があるということだけで作為義務の成立を認め,その他にも作為義務を基礎付け得る具体的事実があるのにこれらを十分に拾い上げていない答案

⑥Vの救命可能性が認められるのは午後2時20分までであるから,それまでの間の作為義務及び故意の存否が重要であるのに,このような時間的関係を意識することなく,既に救命可能性が失われた時点で作為義務や故意を認めて不作為による殺人罪等の成立を肯定する答案

乙丙の罪責
①過失犯の基本的な理論(予見可能性・予見義務,結果回避可能性・結果回避義務を内容とする注意義務違反など)について全く言及していない答案

②「業務」の意義について,判例の立場に立つと思われるものの,判例の内容を正確に理解せず,単に「人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為」とだけ述べ,「他人の生命身体等に危害を加えるおそれがあるもの」という点についての言及がない答案

③乙丙それぞれが担当する職務に応じて負担する注意義務の内容を具体的に特定していない答案

④予見可能性や結果回避可能性等に関係する具体的事情をほとんど拾っていない答案

⑤ 乙丙の過失行為の後に甲の故意行為が介在しており,因果関係の認定上の論点となるのに,その点についての検討がないまま,乙丙の行為とVの死亡結果との間の因果関係を肯定している答案

⑦ 乙丙それぞれに単独犯として過失犯の業務上過失致死罪の成立を認めながらも,両者の間の過失犯の共同正犯について,それを認める実益を考えることもないまま検討し,両者の注意義務の共通性について十分に検討することなく,共同正犯を肯定する答案

その他
② 乙には,VがD薬によるアレルギー反応を起こして異状を呈していることの認識がないのに,そのことを意識しないまま,乙に故意犯である保護責任者遺棄罪の成立を認める答案

とにかく問題を見てみよう。
問題

出題趣旨や採点の実感のみを読んだ段階では甲の不作為による殺人あるいは保護責任者遺棄は、アレルギー体質でその反応が明確にみられたうえでの事だとは思わなかったので結構やっかいな問題だと思ったが、ほとんどの人は甲の不作為による殺人や保護責任者遺棄、及び乙と丙の業務上過失致死については言及するに違いない。
甲乙丙に意思の連絡があり共謀がある、という事はない為別個独立の犯罪が成立する。
乙丙を共同正犯に問議する実益というワードが見られるが、そもそも共同正犯ではないのではないかと疑問に思った。
この点過失犯の共同正犯の場合は意思の連絡が必要ないと言うことか?まったく覚えていない(笑)
覚えていないことについては書けないし、書かないほうがいいので、採点実感にあるような「検討する事もないまま」というのは書くのを忘れたのではなくもしかすると敢えて書いていないのかもしれない。書いても結局間違えているから書こうが書くまいが結局評価が低くなる事に違いはない。

不真正不作為犯と保護責任者遺棄致死

まず思ったのが、不真正不作為犯で殺人を成立させる場合と保護責任者遺棄致死罪を成立するのは根本的に違うのではないかと言う点。両者とも故意犯には違いないが保護責任者遺棄致死は結果的加重犯ではないのか。死んでもいいという未必の故意があるのは間違いないので死亡についての故意はあるので結局保護責任者遺棄致死を成立させてしまうとなんともおかしな話になりそうだが。自信がないので確認しよう。
本罪は(219条遺棄等致死傷)単純遺棄罪及び保護責任者遺棄罪の結果的加重犯である。被遺棄者の死傷についての認識がある場合は殺人罪又は傷害罪のみが成立する。条解刑法P585

しかし、出題の趣旨をみると「両罪を区別する基準として,殺意の有無によるとする考え方,作為義務の程度によるとする考え方などがある」とあるので殺意のみに拘る必要はなさそうだ。とは言え殺意の有無で区別した方が答案上書きやすそうだが(と言うか、作為義務でどうやって区別するのか分からないだけだが)。

そこで不真正不作為犯はどのような場合に成立するのか問題となる。「作為義務ないし保証人的地位の発生根拠(基礎付け事情)に関する考え方を示すことが必要」とあるが、そもそも論として不作為犯自体が良く分かっていないことに気づく(笑)。やはり論文の問題を解くと知識のなさや曖昧さ、勘違いなどが露呈する。
そしてまた気づく。つい2か月ほど前に旧司論文の問題で似たような問題をやっていたことを(笑)
不作為の殺人罪と遺棄罪 昭和48年司法試験論文の解答例をみて

ということで不真正不作為犯の場合は、作為義務に違反した行為が作為による犯罪と同視しうるような(非難可能性とでも言うのだろうか)行為であるかが重要だ(あくまで私見)。
あくまで私見から本問を見た場合、甲は死亡についての未必の故意がある。作為義務についてはあることで間違いない(答案にこれだけ書くと具体的事案に当てはめて検討がなされていないってこっぴどく叱られます)。
気になるのは出題の趣旨にある「甲が午後2時に乙の巡回(容体確認)を妨害したことなど,具体的事情を丁寧に拾いつつ,その事情が作為義務の発生根拠との関係でどのような意味を持つのか明らかにする必要」
私見では作為義務があって、不作為(何もしないという意味ではなく作為義務があるのにそれに違反した行為)の実行行為同価値性を検討するものと思っていたが、どうやらそうではなく、作為義務がどういうものであり、その期待される(否義務ですね)作為を行わなかったという事がどういう意味を持つのか?という点が重要のようである。
確かに基本的には不作為なので、その行為を(と言うのも変な日本語だが)殺人の実行行為と同視できる場合はかなり限定されてしまうかもしれない。
本問で言えば甲は看病をする義務があるかと言えば出題趣旨にもあるように病院に入院している場合はまず病院側が看護する義務があるはずである。しかし、甲が何もしなくていいわけではない。民法上の義務も当然あるだろうし、そこから病状に変化があれば連絡をする義務というものもあるはずである。また、当日「何かあったら声を掛けてください」と言われてそれを承諾している。そうしてみると、甲には少なくとも病院が適切に医療を施せるように連絡をしたり、あるいは医療を行う場合の協力義務はあると考えられるから、看護師を妨害した行為は明確にその作為義務に違反しているとみることができる。

過失犯の共同正犯

結論から言えば過失犯の共同正犯は認める傾向にあるようだ。刑法の理論的な話はまず置いておき、共同正犯に言う共同実行の意思がないのではないかという先述の疑問はやはり以前から言われていたようであるが、共同実行の意思というものを別に何らかの犯罪に限定する必要もないので(そうであれば過失犯ではない)、端的に何らかの行為を共同して行うということでいいのだろう。
しかし、ここで更に疑問が湧くのは注意義務である。共同行為者各々の注意義務が違う場合がある。他方、注意義務に一方が違反し、一方は違反していないなどの場合もあるだろう。
ここで過失犯の共同正犯を成立させる実益があらわれてくる。
たとえばA・Bが崖の上から大きな石を交互に投げおろしていたところ、下を通りかかったCにあたり死亡させた場合、A,Bどちらが投げおろした石が当たったのか不明な場合過失犯の共同正犯を否定するとABは不可罰となってしまう。伊藤真試験対策講座刑法総論第三版P369
しかし、よくよく考えると注意義務違反があるかないかが判別できれば共同正犯を認める必要もないので、結局過失犯の共同正犯を認める場合注意義務違反があるのかないのか明確に判断できていないのではないか。注意義務違反があるのかないのか分からないのに過失犯を成立させるのも変な話である。
もっとも結果が発生している以上注意義務違反を擬制するといった考え方もあるかもしれない。
しかし、この場合であっても故意犯ではないということは少なくとも確定するからこそ過失犯の問題になるわけであり、故意犯ではないという事が確定させられたのに注意義務違反は確定できないというのもなんだか腑に落ちない。
注意義務違反がなければ結局過失犯も成立しないわけで、やはり注意義務に違反しているかどうかは判断する必要があろう。
そういった意味では故意犯の共同正犯を認める場合と過失犯の共同正犯を認める場合は根本的な違いがやはりあると思われる。これ以上深入りしてもしょうがないので、過失犯の共同正犯を認めるという方向でそのロジックを確認しよう。
判例百選第五版78によれば「相互利用・補充による共同の注意義務を負う共同作業者が現に存在するところであり、しかもその共同作業者間において、その注意義務を怠った共同の行為があると認められる場合にはその共同作業者全員に対し過失犯の共同正犯の成立を認めた上」となっており、共同の注意義務を負う事が前提になっている。
確かに注意義務違反があったという事が認められれば結果発生に直接因果関係のある行為を誰がやったのか特定できなくても過失犯の成立は認められるだろうから、先ほどの疑問点は解消された。

さて、これを本問についてみると乙と丙は別々の作業を行っているから共同の注意義務とは言えないだろう。また、共同正犯を認める実益も本問ではない。

基本的な骨格はこれで良さそうだが、出題の趣旨ではまだ言及がある。

その他の論点

1「殺人罪が成立するには,殺意が肯定されることに加え,作為義務の発生時期,救命可能性が認められる時期(午後2時20分まで)との関係も踏まえ」

2「過失行為の後に甲の(不作為による殺人行為又は保護責任者遺棄行為という)故意行為が介在している(丙の場合は,それに加えて乙の過失行為も介在している。)ことから,因果関係の有無が問題となる」

3「業務」の意義について「他人の生命身体等に危害を加えるおそれがあるもの」という点についての言及がない答案。

1作為義務の発生時期がそんなに重要か?などと安易に思ってしまうのが常連落ち。確かに殺意が生じた後に作為義務が発生したらどうなるのであろうか。否、殺意って継続しているんじゃないのか、否、いずれにしろ作為義務発生後に殺意があるということを証明する必要があるな、などと混乱し始める。現場で初見でこの問題に当たっていたら100%この論点には言及しないだろう。脳みその中に1ミリもなかった。我が辞書に作為義務の発生時期という文字はない(笑)
地味にこの部分落とすとかなり評価低くなりそうな採点実感である。

2いわゆる因果関係の錯誤になるのだろうか。だとすれば相当因果関係説で、そもそも不作為なんだから何の影響もないから過失犯の成立に影響なしだっぺよ、と思ったのも束の間「最近の判例の立場とされる客観的帰属論的な」、すいませんナンデスカソレ(笑)
判例百選さえこの20年まともに読んだことがないからある意味当然か。早速因果関係について復習。

3業務の意義について「他人の生命身体等に危害を加えるおそれがあるもの」完全に失念していたでござる(笑)

短答が苦手な人間に限って論文は結構イケると言う。しかし、それは気のせいである。短答で満足に点がとれないような人間(8割以下)は、ほぼほぼ満足な論文も書けないだろう。
逆に短答が得意だからと言って論文が得意とも限らない。
短答の勉強が論文に活かせるというより、論文の勉強の基礎がないと短答が満足に解けないと考えたほうが良さそうだ。
ということを20年かけて気づくのがベテラン(笑)

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